「正しいプレー」は個性を奪うのか?個人戦術の「正解」と没個性化のメカニズム
[特集]現代サッカーは本当につまらなくなったのか――インテンシティと最適化が奪った“余白”の正体#3
「最近のサッカーはつまらない」
そんな声を耳にすることが増えた。だが、それは本当にサッカーの問題なのだろうか。それとも、我々の見方が変わっていないだけなのだろうか。かつてより速く、強く、正確になった現代サッカー。その一方で、「どこか似ている」「息つく間がない」「何かが足りない」と感じる瞬間はないだろうか。インテンシティの向上、戦術の最適化、リスク管理の徹底。勝利を追求した結果として洗練されていくゲームは、同時に“余白”を削ぎ落としてきたのかもしれない。では、その“余白”とは何だったのか。それは本当に失われたのか、それとも形を変えただけなのか。現代サッカーは本当につまらなくなったのか。本特集では、その感覚の正体を多角的に解き明かしていく。
第3回では、「個人戦術の正解」という観点から、この問いに迫る。現代サッカーにおいて共有されつつある“正しいプレー”は、選手の個性を奪っているのだろうか。
「似た選手が増えた」という違和感
サッカーの指導者を始めて、そろそろ20年が経つようだ。自ら書いたにもかかわらず、そうか、20年かと、地味に感慨に浸っている。20年も同じ現場にいると、自分が指導していた選手が指導者として戻ってくるイベントに遭遇するようになる。
指導者の親子のような関係性になるのだが、そんな子供たちに聞いてみたことがある。「自分が選手の頃と比べて、最近の選手は何か違うことがあるか?」と。その答えに思わず笑ってしまった。「僕らの頃と比べると、似たような選手が増えましたね」と彼が答えたからだ。
これが「最近の若者ってやつは~」というくだりかと、感動したことを覚えている。ちなみにその若手指導者はすでにサッカー界から離れているというオチは、サッカー界らしいエピソードとして、ここに添えておこうと思う。
さて、今回は大きなテーマとして、「最近のサッカーはつまらない」について考えていくことになった。その中で、自分に与えられたテーマは、「個人戦術の正解がもたらした没個性化」である。そう、今はもういない彼の言葉を彷彿とさせるテーマになったわけだ。このタイミングであの言葉と向き合うことになるとは何の因果なのだろうか。
自分に与えられたテーマに移る前に、「最近のサッカーはつまらない」について、どのように考えているかに触れておきたい。結論から言えば、「気持ちはわかる」だ。大雑把に言うと、多くのチームがGKからボールを繋ぐようになり、相手のビルドアップに対してマンマークで対応するようになった。
多くのチームがわずかな差異しかない戦術を採用するようになり、世界中の試合が似たりよったりになっていることは「最近のサッカーはつまらない」となってもしょうがないだろう。しかし、多くのチームが似たような戦術を採用すれば、クラブに注いだ資金が多いチームが勝つ可能性が高くなる。いたちごっこは永遠に続くもので、個人的にはもう少しでブレイクスルーが起きるのではないかと密かに期待しているのだった。
個人戦術の“正解”は1つではない。原則と逸脱の“あいだ”で
さて、そろそろ本題に入っていきたい。テーマは「個人戦術の正解がもたらした没個性化」だ。
最初にそもそも「個人戦術に正解はあるのか?」を考えていきたい。結論から言えば、どうプレーすべきだったのかの答えは存在するだろう。結果論ではなく、特定の状態の時にどのようにプレーすべきだったかという解答はすでに世界中で整理された状況にある。では、全員がその答えを愚直に実行しているか?というと決してそんなことはない。
その正解を実行したところで、対戦相手との力量差、そもそもの自分のスペック問題と向き合う必要があるからだ。整理された解答が時には誤答になってしまうこともある。さらに、サッカーというスポーツには非常にめんどくさい原則がある。どのようにプレーすべきかが決まっているため、相手からしても予測がしやすくなる。その予測を裏切るためには個人戦術の正解とは真逆のプレーが必要とされることもあるのだ。
つまり、個人戦術の正解は決して1つではないということだ。可能性が高く、サッカーの原則に従った正解と、自分のスペックに合わせた状況への適応、そして正解の裏返しと、現実は多くの答えで満ちあふれている。
対相手ではなく、個々のプレーによりフォーカスして考えていきたい。例えば、試合中に遠い足でボールを止めよう!という教えは日本でも4種(U-12)から叫ばれていることだと思う。プロの試合を見ると、ボールをコントロールする時に遠い足でプレーする選手が圧倒的に多いことがわかる。遠い足でボールをコントロールすることが没個性化と言われると、別にそんなことはないのではないだろうか。むしろ、近い足でボールを止めることでチームに不利益をもたらしているならば、その方がサッカーはつまらないものになってきそうだ。
バルセロナのU-12を観た時に、全員がボールをコントロールする前に身体を浮かせ、ボールを待つ姿勢はぴょんぴょん跳ね、ボールが自分に向かう前、向かっている最中にボールから目を切り、周りの状況を観察していたことに驚いたことがある。対戦相手を見ると、1つの事柄に対するプレーはてんでばらばらであった。
個人戦術の徹底されているバルセロナのサッカーが退屈で、個人戦術がばらばらで、個性に満ちあふれている対戦相手のサッカーが面白いかというと、決してそんなことはないだろう。青森山田高等サッカー部のPKの蹴り方は最適化されている一方で、対戦相手のPKの蹴り方は個々に依存していた。なお、そのPKの結果は言うまでもない。
没個性化の正体=“判断の収束”。ドリブラー再評価という振り戻し
次に個人戦術の徹底が没個性化につながるかどうかについて考えていきたい。
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Profile
らいかーると
昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』 (小学館)。
