苦悩の先に見えた進化――ガウル広島が辿り着いた“4バック+アンカー”という新解答
サンフレッチェ情熱記 第33回
1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始し、以来欠かさず練習場とスタジアムに足を運び、クラブへ愛と情熱を注ぎ続けた中野和也が、チームと監督、選手、フロントの知られざる物語を解き明かす。第33 回は、戦力が整いながらも結果が下降線を辿るチームの“不可解な現象”に迫る。インテンシティの低下、戦術的な揺らぎ、そして“4バック+アンカー”がもたらした新解答――ガウル体制の進化の鍵を読み解く。
“勝っていたチーム”に忍び寄った違和感
サッカーとは不思議なもので、戦力が整い始めてからの広島は失速傾向にある。
開幕から公式戦5試合で3勝1PK勝1分。ACLエリートのFCソウル戦では後半アディショナルタイムの5分間で2点差を追いつき、C大阪戦では逆に90+5分に追いつかれながら、90+7分に東俊希のゴールで劇的勝利を果たす。
開幕時は、キャンプで負傷した佐々木翔と荒木隼人、2人の大黒柱が不在。エース候補である木下康介も昨年12月に行った右足首の手術でフル稼働はできず。広島の未来を担う中島洋太朗と越道草太も負傷によってベンチにも不在だった。
さらにACLエリートリーグステージのジョホール戦で活躍した前田直輝が、第2節・岡山戦から負傷離脱。トルガイ・アルスランも筋肉系のケガを負い、ACLエリートリーグステージFCソウル戦後に帰国した。
まさに野戦病院のような状況だったが、荒木隼人がFCソウル戦で先発に復帰。ACLエリートのラウンド16(ジョホール戦)では佐々木翔も復帰予定となり、中島洋太朗もベンチに戻ってきた。
このまま、突っ走るのか。
いやいや、世の中はそんなに甘くない。
次の京都戦、復帰して3試合目となる荒木隼人が今季初得点を決めて先制したにもかかわらず、パスミスから同点に追いつかれ、90+3分には逆転ゴールを許した。ACLエリート・ラウンド16の初戦(ジョホール戦)では27分、キム・ジュソンが2枚目の警告を受けて退場。前半はギリギリで持ちこたえたものの、後半はセットプレーを起点としたジョホールの分厚い攻撃の前に失点を重ねて1-3。第2戦では1-0と勝利したものの、守備を固めるジョホールにトータルスコアで追いつけず、ACLエリート敗退が決まった。第2戦では、佐々木翔が先発したが、コンディションはまだ復活途上であり、55分に交代している。
完璧な勝利の直後に訪れた“過去最悪の前半”
ジョホール戦から中2日で臨んだG大阪戦は、ほぼパーフェクトな内容で勝利するも、中3日で続いた名古屋・清水の連戦でいずれも敗戦。2試合ともに前半45分は最悪と言っていい試合内容だった。
特に名古屋戦はバルトシュ・ガウル監督が「怒りすら感じた」と語るほど酷いもので、広島が積み上げてきたアグレッシブさや攻撃性など全く発揮することができず、ミハイロ・ペトロヴィッチ監督率いる名古屋に蹂躙され続けた。相手にもし昨季の広島戦で2試合4得点を叩き込んでいる「広島キラー」マテウス・カストロが健在であれば(現在、左膝前十字靱帯断裂で離脱中)、前半だけで彼にハットトリックをくらったかもしれない。

清水戦の前半も、試合開始当初こそ押しこみはしたが長続きせず、信じがたいほどの切れ味を見せた北川航也を全く止めることができずに先制点を許し(得点者は吉田豊)、大迫敬介が自陣ゴール前でパスをつなごうとしてオ・セフンに奪われて失点。前半だけで0-2とされ、その後も決定的シュートを撃たれ続けた。
G大阪戦は本当にパーフェクトで、シュート数は16本対4本。相手がタイからの遠征帰り(ACL2準々決勝)で、長い移動があったとはいえ、中2日という事情は同じ。G大阪は準決勝進出を決めて意気が上がっていたのに対し、広島はACLエリートからの敗退も決まってしまい、メンタル的に相当なショックを受けていた。それなのに、G大阪のゴール期待値を0.34に抑え(広島は1.68)、ほぼ決定的シーンを与えることない完璧な勝利。ガウル監督が「今季最高の内容」と胸を張るのも理解できる試合だった。
しかし、そこから4日後に迎えた名古屋戦では「過去最悪の前半」と指揮官が嘆き、清水戦では今季初の前半での2失点。佐々木と荒木だけでなく、昨年12月に右足首を手術した木下康介やACLエリートで活躍した後、腰痛を発症した前田直輝も復帰してきたのに、そして彼らが決して悪いプレーをしているわけではないのに、チームの状態が下降している。東俊希や山﨑大地がACLエリート・ラウンド16を前に負傷離脱した影響はゼロとは言えないが、彼らにしても清水戦ではピッチに戻ってきているのだが。
「補強はいらない」――指揮官が貫く絶対的信頼
ただ、バルトシュ・ガウル監督は決して、慌ててはいない。敗戦後には感情的な言葉を発したりもするが、総じて冷静に全てに対して対処しているように映る。ACLエリート敗退後、「クラブに対して戦力の補強等を相談しますか」という質問を投げかけてみたが、彼の答えはこうだった。
「現時点で何かが必要かと言われれば、ノーです。まず自分がやるべきことは、選手を指導すること、そして信頼することです。今いる選手たちは本当に素晴らしい選手たちですからね。
私は監督として、記者会見で『新しい選手が欲しい』『新しいストライカーが必要だ』などと言うつもりはありません。その言葉は裏を返せば、今の選手たちを信頼していないということになるからです。それは私の価値観に反します。私は選手たちを信じていますし、彼らが自分たちの力を発揮して、たくさんの結果を出してくれると信じています」
指揮官はもちろん、チーム構成等のリクエストは水面下でクラブに打診しているはずだが、そういうことは敗戦後も語らず、選手たちを信じて闘うのが彼の流儀。それは選手起用にも現れている。
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Profile
中野 和也
1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。
