パリ同時多発テロから10年。あの日スタッド・ドゥ・フランスで見た光景…W杯出場より遥かに大切なこと
おいしいフランスフット #22
1992年に渡欧し、パリを拠点にして25年余り。現地で取材を続けてきた小川由紀子が、多民族・多文化が融合するフランスらしい、その味わい豊かなサッカーの風景を綴る。
footballista誌から続くWEB月刊連載の第22回(通算180回)は、フランス対ドイツの代表戦も標的の一つとなった、パリ同時多発テロの発生から10年を迎えて。
11月13日の132の星へ捧ぐ、黙祷とラ・マルセイエーズ
11月13日に行われた2026年W杯欧州予選で、フランスはウクライナを4-0で下し、8大会連続17度目の本戦出場を確定した。
5バックで守りを固めたアウェイチーム相手にフランスは攻めあぐね、前半は0-0で終えたが、後半55分にゲットしたPKを主将のキリアン・ムバッペが決めて先制。その後はウクライナ側も集中力が切れたのか、マイケル・オリーセ(76分)、ムバッペ(83分)、そして途中出場のウーゴ・エキティケ(88分)が続けざまにゴールを奪って快勝した。
中村敬斗と関根大輝が所属するスタッド・ランスのアカデミー出身で、今季からリバプールでプレーする23歳のFWエキティケにとっては、今年9月にA代表デビューを飾って以来初のゴールだ。
この勝利でフランスはグループD首位を確定。16日に敵地で行われる最終戦、アゼルバイジャン戦を残して来年のW杯出場を決めた。
この日は、フランス代表、そしてフランス国にとって、特別な日だった。
ちょうど10年前の2015年11月13日に、パリ市内の複数の場所で、同時多発テロが発生した。その最初のターゲットとなったのが、まさにフランス代表がドイツ代表と親善試合を戦っていた、パリ郊外のスタッド・ドゥ・フランスだった。
各所で追悼セレモニーが開かれることになっていたこの日に、フランス代表戦を行うことには異議を唱える声もあり、試合前の会見でディディエ・デシャン監督も、
「できることなら、この日に試合をするのは避けたかった」
と率直にコメントしていた。しかし国際マッチデーのスケジュール変更は容易ではない。
同じ会見の席でキャプテンのムバッペは、
「自分たちは、愛する人を失った人々、精神的、肉体的に傷ついた人々、影響を受けたすべての人々に思いを馳せたかった。ワールドカップ出場が懸かってはいるとはいえ、それよりもはるかに大切なことがあるのだということを、フランスのみなさんに理解してもらいたいと願っている。この日を偲ぶこともその一つだ。僕たちは、そのことを決して忘れてはいない」
と、むしろこの大切な日を尊重する気持ちとともに、試合に臨むのだというチームの思いを伝えた。
今年9月の代表戦から使用されているパリ・サンジェルマンの本拠地パルク・デ・プランスでは、試合開始前に選手たちがセンターサークルを囲んで1分間の黙祷が捧げられた。
ちなみに、スタッド・ドゥ・フランスを使用しないのは、今年から同スタジアムの運営を担っている管理会社とフランスサッカー連盟(FFF)との間で条件面で折り合いがついていないことが理由で、解決策が見出されるまで首都での代表戦はパルク・デ・プランスを使用することになっている。
スタンドには空席も見られたが、集まった4万1055人の観客が試合前の国歌斉唱で『ラ・マルセイエーズ』をアカペラで合唱したのは、なかなか感動的だった。
そして、試合が始まって13分ほど経った頃には、観客たちがスマートフォンのライトを灯して、今度は選手たちの邪魔にならないよう、少しボリュームを落として再び『ラ・マルセイエーズ』を合唱した。横断幕には『À nos 132 étoiles du 13 novembre』(11月13日の132の星へ捧ぐ)と書かれていた。132は、この同時多発テロで命を落とした方の数だ。
「さっきの音、あれは爆竹じゃない。爆弾だ」
その光景を見ながら、10年前のドイツ戦の日、あのスタジアムにいた時のことを思い出していた。
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Profile
小川 由紀子
ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。
