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アルゼンチン代表OBソリンが占うメッシ×サンパオリ戦術の行方

2018.05.29

元アルゼンチン代表DFソリンインタビュー


予選は最終節のヒヤヒヤ突破。巧みな戦術眼を持つ智将とはいえ、本大会に向け解決すべき課題は少なくない。まだまだどっちに転ぶかわからないアルゼンチン。その内情と可能性を語ってくれたのは、左サイドで長髪をなびかせる姿が懐かしい元DFで、現在は解説者を務めるヒゲモジャのソリンだ。
※このインタビューは17年11月に収録した

ドリーマー、ファイター、革命者である監督に導かれる現代表に大いに期待しているよ


3バック導入は是か非か?

重要なのは「3か4か」ではない


── 今大会の予選では、あなたもアルゼンチン代表OBとしてかなり苦しい思いをしたのではないでしょうか?

「OBとしてではなく、代表のファンとして、とにかく予選を通過してほしいと願っていたよ。特に最終節のエクアドル戦(1-3)では、W杯出場のために何が何でも勝たなければならないという重圧があったからね。でも我われには世界一の選手がいたんだ。あの試合でのレオ(リオネル・メッシ)の輝きは本当に素晴らしかった」


── あなたもかつて予選でエクアドルと対戦しています。あの試合(2001年8月15日)ではマルセロ・ビエルサ監督の指揮の下、海抜2850mのキトで0-2の勝利を収めましたね。

「そう、そして今回と同じように、我われもあの勝利でW杯出場を決めたんだったね。マルセロのチームは常にゲームの主導権を取ることが特徴だったけれど、キトでの試合ではさすがにいつもと同じインテンシティでプレーはできなかったし、サイドからの攻め上がりにも深さが足りなかった。だが決して自分たちのスタイルを放棄したわけでも、思いつきでプレーしていたわけでもない。あのチームにはロングキックの名手だったブルヒータ(ファン・セバスティアン・ベロン)がいたこと、セットプレーの練習を何度もやっていたことが得点に繋がった。いかなる環境、状況においても対応できる要素があったおかげさ」

18年ロシアW杯と同じくエクアドルに勝利し出場を決めた02年日韓W杯。左上からクラウディオ・ロペス、ソリン、パブロ・カバジェロ、ポチェッティーノ、プラセンテ、サムエル、サネッティ、シメオネ、バティストゥータ、オルテガ、ベロン


── 当時あなたは、ビエルサによる3バック布陣の中でプレーしていましたが、予選でホルヘ・サンパオリ監督が同様のシステムを採用したことが話題となりました。アルゼンチンサッカーにおいては非常に稀である3バックを代表で使うことについて、どう考えますか?

「サンパオリ監督は3バックに固執するのではなく、4バックを使うことも考えていると思う。実際に(2012年末から3年指揮した)チリ代表でもシチュエーションによってフォーメーションを変え、攻撃の展開の仕方に変化をつけていたからね。重要なことは『3か4か』ではなく、いかにして自陣でスペースを管理してボールを奪取し、攻撃に切り替えるかという仕組みを理解すること。そこには当然、各選手の運動能力を含むコンディションや連係の精度も大きく関わってくる」


──メッシは先日、「チームが3バックを理解しつつある」という発言をしていました。監督のアイディアがチームに浸透し切っていない状態で予選を突破できたのは他でもない個の影響力のおかげですが、今言ったような連係の精度を高めるためにも、W杯本番までの限られた時間の中で十分な準備ができると思いますか?

「予選の終盤(2017年6月)に監督を任されたサンパオリにとって、自分のアイディアをすぐチームに反映させることは困難以外の何物でもなかった。選手たちも前回大会の決勝で敗れた悔しさを引きずったまま、コパ・アメリカでも2015年から2年続けて準優勝に終わったことでトラウマを感じていたし、心理的なダメージが与えるネガティブな影響力の強さは計り知れない。でも、その難しい状況を克服したからこそ、今の代表はグループとして強く結束している。これは新たな目標に向けてチーム力を高める、つまりピッチ内での連係を極める上でとても重要なことだ。サンパオリはその限られた時間を有効に使い、選手たちとも個別に話し合う機会を設けてプレーのコンセプトを伝える努力を惜しまないし、選手たちもまた、監督のそういった意気込みに積極的について行こうという姿勢を見せている。レオが3バックを理解しつつあると言ったのは、監督と選手たちの間に信頼関係がしっかりと築かれているからだろう」


──サンパオリ監督のチームでいち早く解決しなければならないポイントはどこでしょう?

「まずはやはり守備の動きを徹底させること。大人数で攻撃を仕掛ける時、どのように自陣のスペースを管理するか。3バックの場合は特に両サイドの選手がどのような形で攻守に参加するのかを明確にする必要がある」


キーマンは? レオの相棒は?

天才ディバラなら不可能ではない


── アルゼンチンには代表クラスのSBが不足しているという指摘をよく耳にしますが、元代表SBとしてはどんな印象をお持ちですか?

「いや、私はそうは思わない。実際に今の代表を見ても、例えば右SB兼CBのガブリエル・メルカド(セビージャ)は確かなマークと効果的な攻撃参加ができる選手で、試合を重ねるごとにますます良くなっている。負傷から回復した左サイドのマルコス・ロホ(マンチェスターU)も、サイドアタックには欠かせない実力者だ。またサンパオリ監督は国内の人材もしっかりチェックしていて、これまでにインデペンディエンテの右SBファブリシオ・ブストスを招集している。11月の親善試合(ロシア戦とナイジェリア戦)でも呼ぶ予定だったのに、運悪くケガが再発してしまった。彼がU-17代表にいた時のプレーを見たことがあるけれど、突破力、ボールコントロールの技術、攻撃から守りへの戻りの速さでは国内でもトップクラスだと思う。まだ21歳と若いし、今後サンパオリの代表で成長することは間違いないよ」


── 3バック時の連動において、鍵を握る選手は誰だと思いますか?

「全員の動きが大事なのは確かだが、その中でもハビエル・マスチェラーノ(バルセロナ)は重要な役目を果たすだろう。ボランチとしてもCBとしてもプレーでき、攻守の切り替え時に後方を安定させるためには不可欠だと思う。マスチェラーノをレギュラーで起用することについては反対意見もあるようだが、サンパオリ監督のコンセプトを反映させる上で彼の経験値と頭脳はチームに必要だと思っている。それにW杯のような舞台では特に、様々なパターンに対応できる選手は有効だからね」


── 様々なパターンに対応可能といえば、あなたもホセ・ペケルマン監督の代表ではダブルボランチの一人としてプレーしたことがありましたね。

「ブラジルに勝った試合(2006年W杯予選)では私がマスチェラーノと一緒に中盤の真ん中で守備に徹したことがあった。試合前にホセ(監督)から、私がカカーを、マスチェラーノがロナウジーニョをマークするように指示があって、とにかくそのことだけに専念したよ。慣れない役目だったけれど、幸い2人の動きを抑えることができた。あの頃からマスチェラーノは将来が期待される若手として堂々としていたね」


── 若手といえば、現代表にはパウロ・ディバラ(ユベントス)がいますが、彼が「メッシと一緒にプレーすることは難しい」と言ったことについてはどう考えますか?

「ディバラとメッシは、ボールを使って自然に繋がることができる天才同士。私はディバラが(母国のクラブ)インスティトゥートにいた頃からずっと彼のプレーを見てきたけれど、代表ではまだ素質の半分も出し切れていない状態にある。メッシのテンポに合わせてプレーするのは確かに容易なことではないが、ディバラほどのテクニックと頭脳、そしてセンスがある選手なら不可能ではない。サンパオリ監督もきっと、この2人をいかに有効に使い、その効果を最大に生かすチームを作るかを考えているはずだ」

現状はメッシの控えで、ソリンいわく「代表ではまだ素質の半分も出し切れていない」ディバラ。ユベントスで背番号10を背負う24歳と、その彼をメッシとともに組み込んだチームに、先輩は期待を寄せている


── では最後に、代表OBとして、W杯へ臨むチームにメッセージを。

「いや、これもOBとしてではなく、ファンとして言わせてもらうよ(笑)。とにかくアルゼンチンが、ロシアで輝くことができますように。個々の輝きも、チームとしての輝きも見せてもらいたい。サンパオリ監督には、今までピッチ内で結果を出しながら磨き上げた采配の腕を今回のW杯でも発揮してもらいたい。ドリーマーであり、ファイターであり、革命者でもあるサンパオリによって導かれるアルゼンチンに大いに期待しているよ」

Juan Pablo SORÍN
ファン・パブロ・ソリン

1976.5.5(41歳)ARGENTINA

かつてU-20代表の主将としてペケルマン監督(現コロンビア代表)から絶大な信頼を寄せられ、のちにA代表でW杯(02年と06年)やコパ・アメリカ(99年と04年)に出場したDF兼MF。クラブでは伊、西、仏、独の欧州4カ国でもプレーした。09年にブラジルのクルゼイロで現役生活を終えた後はそのままポルトアレグレに定住し、現在は『ESPNブラジル』のパーソナリティとして解説を務めるだけでなく、サッカーと音楽を組み合わせた独自の番組をプロデュースしている。


Interview: Diego Macias
Photos: Getty Images

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アルゼンチンファン・パブロ・ソリン

Profile

Chizuru de Garcia

89年からブエノスアイレスに在住。1968年10月31日生まれ。清泉女子大学英語短期課程卒。幼少期から洋画・洋楽を愛し、78年ワールドカップでサッカーに目覚める。大学在学中から南米サッカー関連の情報を寄稿し始めて現在に至る。家族はウルグアイ人の夫と2人の娘。