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急浮上したV・ファーレン長崎が持つ『形を持たない強み』。脅威のフアンマ・デルガドは「今が全盛期?」

2023.05.19

今季序盤は低迷していたV・ファーレン長崎だが、試行錯誤の末に3連勝、そして5連勝と勝利を重ねながら急浮上してきた。いったい長崎に何が起きていたのか。なぜ、『長崎の大砲』フアンマ・デルガドは得点を量産できるようになったのか。長崎番の記者、ライターの藤原裕久氏がここまでの序盤戦をレポートする。

長崎が反転攻勢に成功した要因は「シンプルさ」

 ここ数年の長崎は常に『何か』が足りなかった。

 その『何か』は複数のシーズンで共通するときもあれば、シーズン毎に違うこともあった。

 2017年に経営問題に端を発したクラブ消滅危機から一転、ジャパネットグループの傘下に入り、奇跡と呼ばれたJ1昇格を達成してから6シーズン。2018年はJ1を戦うに足る『経験』の不足から1年でJ2へと降格。その後、手倉森誠監督を迎えて、クラブはそれまでの堅守速攻からポゼッションへと舵を切ったが、2019年は『準備』不足で低迷。挽回を誓って臨んだ2020年は最後までJ1昇格を争ったものの、上位争いで『勝負強さ』を欠き、昇格を果たせずに手倉森監督を解任。そこからの2年は『確固たる強化方針』を示せないままポゼッションと堅守速攻の間で揺れ続け、2021年には吉田孝行監督を、2022年には松田浩を解任する憂き目に遭っている。

 昨年6月にクラブ初の外国籍監督として招へいしたファビオ・カリーレ監督も、就任当初こそ負けなしの安定感を見せていたが、8月中旬にチーム内クラスター発生により急速に失速。『運』にさえ見放されたような状況の中、9月半ばの勝利を最後にチームは勝利から遠ざかったままシーズンを終了。そして、捲土重来を期したはずの今季もリーグ戦を2連敗でスタート。その後も2引き分けという状況に、周囲のチームへの『期待』すら失われようとしていた。

 そんな状況は第5節から一変する。アウェイの熊本戦で今季初勝利を挙げると、続く山形と仙台にも勝利して3連勝を記録。第8節のアウェイでは群馬に敗れたものの、第9節の甲府戦に勝利すると、クラブの歴代最多連勝記録と並ぶ5連勝で一気にJ1昇格圏へと上昇。16節終了時点で4位につけ、文字通りの反転攻勢に成功したのである。

2017年から2018年までV・ファーレン長崎に在籍していたフアンマ・デルガド。そこから大宮アルディージャ、アビスパ福岡とJリーグでのプレーを続け、今冬に古巣復帰を果たした

 この反転攻勢の様子をつぶさに見ていくと、リーグ序盤の長崎に欠けていたもの、今の長崎にあるものが見えてくる。それを一言で言うならば『シンプルさ』となるだろう。カリーレ監督のスタイルと、J2屈指の予算で集められた選手たちを結びつけ、同じ方向を向かせるための『指針』と言い換えても良い。そして、その『シンプルさ』『指針』をピッチ上で体現しているのが、長崎の大砲「フアンマ・デルガド」だ。

カリーレの強みは、戦術的に絶対的な形を持たないこと

 誤解を恐れずに言えば、カリーレは戦術的に絶対的な形を持たない監督だ。持たないというよりも、形を持たないことこそが彼の形である。「ボールを地面につけて三角形を作ってボールを動かすサッカー」を公言しているが、それはあくまで選手が持つべきベースの考え方やイメージであり、チーム全体の戦術レベルのものではない。あくまで選手がそれぞれの個を生かし、個の力を存分に活用して戦うのがカリーレのスタイルである。

 選手それぞれの個性を中心にして戦う以上、チームとしての最低限のルールや方向性を示していなければチーム内に秩序は生まれない。リーグ開幕当初のチームはこのあたりの共通理解が不十分で、「監督と選手の間でズレがある。監督とそのあたりの考えを合わせなければならない」(キャプテン米田隼也)状態だった。得点源と期待されたフアンマも2トップのコンビネーションを意識し過ぎる余り思うようなプレーができずに、連敗スタートとなった最初の2試合ではシュート0に終わっている。

 ただ、ここでの不振をすべてカリーレに負わせることはできない。開幕前にいくつかの想定外が重なっていたからである。その最も大きなものがフォーメーションの問題だ。当初、カリーレ監督は今シーズンを[3-3-3-1]で戦うつもりだった。だが、開幕前にDF陣の故障や離脱が相次いだために3バックを断念。リスクを考慮してオーソドックスな[4-4-2]でシーズンインしたのだが、汎用性の高い[4-4-2]では、絶対的な形を持たず、実戦で練度を上げていないチームが統一感を持つのは難しい。しかも、キャンプ中に組まれた試合のいくつかは強風やピッチコンディションの問題があったため、チーム状態を十分に確認できなかった。

 それでも序盤戦を勝ってスタートできていれば、リーグ戦を戦いながら修正していくことも可能だったろう。だが、現実はそうならなかった。開幕2試合を無得点で連敗し「当初あった、やれるぞという感じが落ちている」(増山朝陽)状況となったのである。この事態を受けたカリーレは、第3節からフォーメーションを[4-2-3-1]とすることを決断する。……

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V・ファーレン長崎フアンマ・デルガド

Profile

藤原 裕久

カテゴリーや年代を問わず、長崎県のサッカーを中心に取材、執筆し、各専門誌へ寄稿中。特に地元クラブのV・ファーレン長崎については、発足時から現在に至るまで全てのシーズンを知る唯一のライターとして、2012年にはJ2昇格記念誌を発行し、2015年にはクラブ創設10周年メモリアルOB戦の企画を務めた。

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