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なぜ、人は不合理な判断を下すのか―― 終盤のドラマを生む「損失回避」

2022.08.06

TACTICAL FRONTIER

サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか? すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。

※『フットボリスタ第91』より掲載

加筆修正&新規書き下ろしも収録! 新世代ライター・結城康平がアカデミックな視点から進化するサッカーの深淵に迫る本連載が書籍

 ペップ・グアルディオラは、短期間で天国と地獄を味わった。CL準決勝、レアル・マドリーを敗北寸前まで追い詰めていたマンチェスター・シティは第2レグでリヤド・マレズが値千金のゴールを奪う。名手クルトワとの駆け引きを制し、ニアサイドに決めたゴールは見事なものだった。レスターの奇跡の立役者として知られるアルジェリア人アタッカーの活躍で、グアルディオラは悲願であるCL制覇へと手を伸ばしたかに思えた。

 しかし、崩壊は突然に訪れる。手段を選ばずに反撃をスタートしたレアル・マドリーはサイドから積極的にクロスを狙いながら圧力を強める。ファーサイドへ流れたボールをベンゼマが中に折り返し、それを途中出場のロドリゴが決めた瞬間は「レアルが最後に意地を見せた」程度の感覚だった人も多かったかもしれないが、予想外だったのは2失点目だ。1点差のリードを守れば決勝に進めたシティは、わずか90秒の間にロドリゴにヘディングシュートを決められてしまう。似たようなエリアからのアーリークロスでの連続失点で、彼らは手中にあったはずのファイナル行きのチケットを手放すことになった。

 「悲劇の主人公」になってしまった指揮官グアルディオラは試合後の会見で、次のようにコメントしている。

 「分析やビッグデータでは測定できない感情が、あの瞬間にはあった。これがフットボールだ。私も選手の経験がある人間として言うが、こういった偶然はフットボールでは避けられない。ロングボールを蹴ったエデルソンの判断がどうだったか? クルトワがギリギリでグリーリッシュのシュートをセーブしていなかったらどうなったのか? そういう小さな差こそが、トップレベルでは勝敗に直結する。人々は簡単にメンタルの差と言うかもしれないが、そんな単純な話ではないんだ」その2週間半後にグアルディオラのチームはプレミアリーグの最終戦、アストンビラとのゲームに挑むことになる。CL敗退の心理的ダメージも懸念された首位シティは主導権を握りながらもカウンターで失点すると、続けてフィリペ・コウチーニョに追加点を決められてしまう。これで2点差。自力優勝が危ぶまれたシティだったが、ここから猛反撃に成功する。途中交代のイルカイ・ギュンドアンの2ゴールなどで、わずか5分間で逆転。3-2の劇的な勝利でプレミアリーグ優勝を決めたグアルディオラは「レアル・マドリーから、逆転の仕方を教えてもらったよ」と上機嫌でコメントした。

行動経済学では「損失」の悲しみは2倍

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Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。

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