SPECIAL

スペインの哲学者キケ・セティエンが教える「ポジショナルプレー実践講座」

2022.07.10

ベティスをリーガ6 位に躍進させた男はポジショナルプレーの旗手として、20201月にバルセロナの監督に招かれた。しかし、独自の哲学を追求してきた名将の監督キャリアはここで途切れることになる。コロナ禍で延期されていた同年8 月のCLバイエルン戦で大敗し、解任が決定。以来、出身地のサンタンデールで静かにサッカー界を見守っているキケ・セティエンを木村浩嗣が訪ねた。「ポジショナルプレーを教えてほしい」という我われの熱心なお願いに特別に応じてくれたのだ。紙とペンを用いて開催された“講義”は1時間40分にもわたった。その模様を公開する。

※『フットボリスタ第90号』より掲載

ポジショナルプレーとは何なのか?

プレーと戦術の解釈法で、うまく適用されれば数的優位を作りながら前進できる

── この雑誌はたくさんの監督やチームに関わっている人が登場して、またそういう人が読者の中にもたくさんいて、練習メソッドや戦術を紹介しています。

 「日本のサッカーをたくさん見たわけではないが、かの地では“サッカーをする”のかい?」

※スペインで「サッカーをする」とか「プレーする」というのは、実際には「ボールを持ってプレーすること」を指す。

── トライしています。ボールを保持したサッカーは好まれています。だから、ポジショナルプレー(以下PP)を知りたい、やりたいという欲求が強いんです。

 「ボールを持って敵陣でプレーしようとしているということだね。タカ(乾貴士)がプレーしていた最後のW杯(ロシア)で見た日本代表は非常に印象に残った。PPを理解できている選手がたくさんいると感じたよ。監督にもプレーを理解している者としていない者がいるが、メカニズムを見ていて理解者であることがすぐわかった。ベルギー戦では日本の方が勝利にふさわしかったよ。あのW杯で目を引かれたチームの1つだ。ベルギーはそうではなかった。体の大きな選手をそろえてセットプレーで勝っていたからね。結果は出したが、プレーするという観点では見るべきものがなかった」

── あなたはプレーするのが好きなわけですね。

 「もちろんだ。選手時代から私は足下にボールを持つのが好きだった。監督にはプレーすることの意味を理解できない者もいたけどね。そんな時は指示を無視して、結局は自分が感じるままにプレーしたものだ。そのうちにクライフのバルセロナと対戦して、相手ボールをさんざん追いかけさせられることになり、“どうしてこうなるんだ”と考えさせられた。90分のうち80分はボールを追いかけるだけ。プレスをかけようとしても届いたと思ったらボールを動かされる。フリーマンが必ずいてまったくボールを奪えない。ボールを追いかけているチームの心身の疲労は計り知れない。それがこういうスタイルのサッカーを勉強するきっかけとなった。

 ある日、クライフに言ったんだ。『もしあなたの指揮下でプレーできたら指を一本差し上げても惜しくない』と。そのくらい好きだった。ボールは私の足下、相手ボールなんか追いかけたくない、とどんなサッカー選手でも思うものさ。誰もがボールを持ちたいからサッカーを始める。シュートを撃って、ドリブルをして、パスをしてボールで楽しむ。ただ、そんな校庭で遊んでいた時から戦術なるものを学ぶようになって楽しみも失われていくのだが……」

── ただ、クライフはボールロスト後のプレスには力を入れていませんでした。

 「PPは進化し続けてきた。その例が今は当たり前になったロスト後のプレスだ。現在PPの最高峰にいるのは疑いなくグアルディオラだ。私のやってきたことは実質的に彼のコピー。私には分析する能力はあるが、何かを発明する能力はないからね。私は彼の真似をした、とはっきり言っておきたい。PPは大好きで理解して君に説明することもできる。なぜならグアルディオラと彼のチームをいっぱいコピーしたからだよ」

── いきなり核心を突く質問ですが、PPとは何ですか?

 「PPとはプレーと戦術の解釈法で、それがうまく適用されれば、君のチームはグラウンドの様々なところで数的優位を作りながら前進している状態となる。なぜ、数的優位ができるかというと、基本的には君の選手たちが良いポジショニングをしているからだ。走ることと数的優位になることとはあまり関連性がない。どのポジションへ行けば良いのかを理解しながらパスをもらえる場所へ走ることが重要だ。常に走っていても意味がない。もちろんサッカーでは走らないとプレーできないけどね。私は選手たちにチームで最も重要なのは『秩序』と『バランス』だ、と言うんだ。秩序=ボールを持てるように、そして守れるように君のチームは良くオーガナイズされていないといけない。バランス=水平方向にも垂直方向にもライン間が広がり過ぎても狭まり過ぎてもいけない。PPを理解している選手とは、周りとコンビネーションできるよう適切にポジショニングできる選手を指す」

実践の肝は「正しいポジショニング」

ホワイトボードを使って説明をし、その後グラウンドに出て実践する

── では、ある選手にいるべきポジションを教えるのはどうすればいいのですか?

 「原則的にはそうやっかいなことではない。経験がありテクニックがある選手にとってはね。まずはポジションごとに選手と話をする。インサイドMFならばインサイドMFなりの活動エリアというものがある。そのエリア内で、2人か3人の相手選手が君を気にせざるを得ない(どちらのマークでもないが同時にどちらからもマークされるような中間的な)場所にポジショニングする。もし君の仲間たちもそういう場所にポジショニングできているなら、君のチームは自陣から数的優位を作りながら前進することができる。だから、良いポジショニングとは何か、というのは選手にきっちり説明しておかなければならない。ポジショニングの理解には時間がかかったり、そうでなかったりするだろうが、これがすべてのスタートになる。ホワイトボードを使ってするべきポジショニングの説明をし、その後グラウンドに出て実践する」

── ポジショニングの理解のためにグラウンドに線引きをする監督もいるようですが……。

 「必須だとは思わない。これは相手チームが[4-4-2]でミドルブロックで守っていて、君のチームが[4-3-3]でボールを持っている時の例だ。相手の2トップに対して君のCB2枚だと数的同数だが、両CBの間にセントラルMFが下がって来ることで3対2の数的優位が生まれる。ボール出し、つまり数的優位を保ちながら前進できる用意が整った、ということだ。

 では、どうやってラインを越えて行くか?まず両SBを高めに開いてポジショニングさせる。そうすることによって相手の左右サイドの選手は、両SBをケアせざるを得ない。その上でインサイドMFの1人をボールの正面にポジショニングさせて2トップの間にパスコースを作らせ、もう1人のインサイドMFを相手のセントラルMFとサイドMFの間にポジショニングさせる。この状態で、我われの3トップは開いていても閉じていても3人で相手の4人のDFを引きつけている。ここでは数的不利になっているが、前が数的不利だからこそ後ろが数的優位になっている。つまり最前線が3対4の不利、2列目が4対4と同数、3列目が3対2の優位なわけだ(下図)。

 こうやって相手を自分たちのポジショニングによってはめ込んだ状態にしておいてからどう攻めるか? ショートパスで内側を突いてもいい。その時CFが下がって来るとより効果的だろう。ロングパスを使ってサイドを使ってもいい。こちらのSBは相手のサイドMFが絞ってケア、こちらのサイドFWは相手のSBが絞ってケアをしていて常に1対1で、サイドにはスペースがある。一度、内側で触ってからサイドを使えば相手のマークが遅れてサイドで数的優位になるかもしれない。もし全員がマークされていてパスコースがない場合は、数的優位のCBがサイドをドリブルで上がるオプションは常に残っている。そうなると相手は人数が足りなくなり、セントラルMF2枚は下がるしか術がない。こうしたポジショニングによる優位性の作り方と、その生かし方は選手たちに周知しておかなければならない」

── 最終ラインの数的優位からスタートし、それを中盤の数的優位、前線の数的優位というふうに推移させつつボールとともに前進するわけですね。

 「その通りだ。さっきのCBがドリブルで上がって行くパターンは、相手サイドMFとこちらのCBとSBが2対1になっているから、もしプレスに出て来れば簡単に突破することができる。だけど、普通は出て来ない。背後へパスを出されこちらのSBとサイドFWが相手のSBと2対1になる、つまり前線に数的優位が生まれた状態になると、失点の重大なピンチだからね。だから、相手はリトリートを選択する。内側に絞りながら水平方向にも垂直方向にも網の目を締めていく。最終的にはどのチームもこういう形になる(下図)。

 PPに対した相手チームによく起こり得る状態だ。こうされたらやっかいだ。もう垂直にも水平にもライン間にはスペースがないし、DFラインの背後にすぐGKがいる状態で裏のスペースもない。ボールは出せるが、次にパスを通す術がなかなかない。ただ、少なくとも相手を自陣深くに押し込んだとは言えるわけだ。もし君のチームに素早く反転できるセントラルMFがいれば、例えば左側へ引きつけておいてからサイドチェンジし、右サイドに対角侵入したFWへパスを通しさらにその裏をSBがオーバーラップする形(下図)で打開できるかもしれない。

 結局、重要なのは君のセントラルMFと2人のインサイドMFなのだ。彼ら3人がボールをキープできて相手を内へ引きつけておけるならサイドから前進できる。内には突破口はない。突破口は外にある。内でボールを触ってから外から突破する。

 とはいえ、これは机上の論理で、問題は選手にそれをできる能力があるか、だ。先日のマンチェスター・シティ対マンチェスター・ユナイテッドを見たかい? シティがユナイテッドをこういう押し込んだ状態にした。確か後半のボール支配率は89%に達したんじゃなかったかな。シティは急がない。ボールロストするリスクを負って内にスルーパスを通そうとはしない。2、3本パスを簡単に通してサイドへ侵入して打開できそうになければバックパスをして、作り直して逆サイドの様子をうかがう。この時のシティの3人のMFに注目してほしい。どうポジショニングして、どう動いて、常に状況を読み続け……。本当に最高のショーだよ。3人の位置関係は常に正三角形あるいは逆三角形でなければならない。私がラス・パルマスを指揮していた時、3人のMFはこういうプレー(PP)に慣れていなかったし、3人が組んだ経験も少なかった。私はまずビデオを何本も見せて動き方、ポジショニングの仕方を理解させた。グラウンド上では周りを見渡す視点を獲得しづらいが、ビデオなら簡単だ。例えば私がここでボールを持っているとする。君ならどこにポジショニングしてボールをもらう? ここ(A)か? ここ(B)か?(下図)」

── ここ(B)です。

 「その通り。Aはラインを越えていないが、Bはラインを越えているからね。そしてBは相手4人の注意を引きつけている。もしCに立っていれば1人の注意しか引きつけられていない。同じように、仲間2人も誰のマークか特定できないような中間的な位置にポジショニングすれば相手3人ずつの注意を引きつけることができる。相手選手を迷わせ、注意を分散させるようなポジショニングをする。

 これを君は教えなければいけない。そこにただ立っているだけでは何もしていない気になるのか、選手は走りたがる。だけど、PPでは正しくポジショニングしていることだけでも大きな意味がある。立っているだけでも役に立っている。立っていて、ボールをもらったらドリブルを仕掛ける準備をしておく。むろんトラップに手間取ったらすぐにマークが貼りついてくる。プレースピードも大事だ。1タッチ、2タッチでプレーできないといけない。この間のシティは歩いて、トラップして、パスしてというふうにゆっくりプレーしていて、ラインを越えるや否やチーム全体が猛スピードで縦に動く。それまでは数的優位を使ってポジショニングだけ整えてトラップ、パス、トラップ、パス、相手が出て来たら作り直す、を繰り返していたのに、ラインを突破するや否や全員が一斉にゴールを奪いに行く。選手たちの理解度の高さが素晴らしい。一緒にプレーしている時間が長いのと、新加入の選手でもクオリティが高いのですぐに周りに感化される。PP理解後には市場価値も高騰する。どこでパウサ(間)を作り、どこで加速すべきかをチームとして理解している」

PPにおける守備組織とは?

最大の難問だと言える。攻めている状態で、攻撃から守備への切り替えの準備をしておく

── ゴールする時がないと、外で数的優位を作ってパスを回しているだけでは試合には勝てないですもんね。

 「その通り。ベティスの選手たちへはよく言ったものだよ。攻撃のスピードアップをするのに中でボールを受けてドリブルを仕掛けるのが有効なのは間違いない。しかし、今は相手の守備もよく整備されていてスペースを潰してくるから、味方にスルーパスを通すのは容易ではなくボールロストするのが普通だ。そこでPPのもう1つの重要なコンセプトが必要な局面が生まれる。PPではボールの前に選手がたくさんいるから、ボールロストのたびに危険なカウンターを食う恐れがある。そのリスクには君は意識的になっておくべきだ。では、PPでの守備組織とはどういうものか?敵陣に攻め込んでいる時に君のチームは左右に大きく開いている(下図)。

 両サイドに数的優位ができている状況だ。このままの形で一方のサイドから深く侵入しセンタリングを上げたり(A)、スルーパスを通そうとして(B)、相手に中央でボールをカットされ前を向かれれば、背後にある60メートル近いスペースへボールを送り込まれて君のチームは死ぬ。そこで事前に準備をしておく。準備のオーガナイズは次の通り。君のセントラルMFと両CBは相手の2トップとMF1人に近づき“見張っておく”。さらに逆サイドのSBは中に入って絞っておく」

※「見張り(=警戒≠マーク)」というのは相手ボールになれば直ちにマークに行けるようにしておくこと。

── つまり、まだ攻撃中に、マイボールの状態で警戒しておく、ということですね。

 「そうだ。これは言うのは簡単だが、PPの最大の難関だと言える。攻めている状態で、攻撃から守備への切り替えの準備をしておく。CB2枚、セントラルMF、逆サイドのSBの計4人で相手4人をマンツーマンで抑えておく。

 さっき重要なのは『バランス』と言ったのはこういうことだ。攻守の切り替えはボールロストの瞬間に起こるが、その前に切り替えの事前準備をしておくわけだ。とはいえ、この意思統一が難しい。攻撃中はどうしても気持ちが相手ゴールに向かっているからね。誰かが注意力を欠き、フリーにした相手にボールを持って前を向かれると、60メートル背走させられる羽目になる。60メートルの背走より、10メートル前に走った方が良いに決まっている。

 最初は開いておく。そこから一方のサイドで得点を狙う攻撃に入った瞬間、つまりボールをロストしかねない状況に入った瞬間に、逆サイドは内へ絞る動きをし、CBとセントラルMFで相手に近づき警戒態勢に入る。これはメカニカルに行われなければならない。相手チームがコンパクトになっている時、つまり我われが相手を押し込んだ時が一番プレスをかけやすく、ボールを奪い返しやすい。逆に時間をかけると、相手が開き展開してもう捕まえることができない。我われがサイドから侵入しセンタリングをする。それがカットされボールが相手に渡った瞬間にボールホルダーとパスの受け手となり得る相手に寄せて行けば、敵はバックパスをしてロングボールを蹴るしかなくなる。チームが『秩序』を持って攻撃していれば、ボールを失った直後のプレスの効率が上がる。しかし君のチームに右インサイドMFなのに左サイドへ動きポジショニングするようなアナーキーな選手がいれば、ボールロスト時に彼のところが穴になる。いるべきところにおらず、誰にもマークに行けないのだから。だから、バランスと秩序がボールを失わないためにも、失った後に奪い返すためにも重要なのだ」

── 以上のことを単純化して、私が監督なら「攻撃していないサイドのSB、セントラルMF、両CBの4人は常に守備を意識しておけ」と指示しておけば良い、ということですね。

 「そうだ。常に集中してシナリオの先を読むように意識づけしておく。ただ、インテリではない選手というのはいるものだ。同じ選手に2人でプレスに行ってしまったりね。当然誰かがフリーになる。アスリートだから反応と動きは素早いが、そっちじゃない方へ行ってしまう。あとは細かいことだが、プレスも常に全速力で行けば良い、というわけではない。プレスにはボールを奪うためのものと、そうではないものがある。私がプレスに出遅れたとする。この状況(下図)で最も危険なのはGKへバックパスされ逆サイドへ展開されることだ。

 ボール周辺に集まれば、逆サイドの相手選手は必ずフリーになっている。そこで、私はバックパスのコースをまず切った上でボールホルダーへ寄せて行く。この私のアクションが言わんとしているところは、“俺がこっちを切るから、お前はそっちへ全速力で行け!”だ。この時に私が急いでボールホルダーに詰めていたら、敵もすぐにバックパスを諦めてサイドへ展開しただろう。が、ゆっくり、相手に余裕を持たせて詰めているせいで、仲間にフリーの相手に気づかせ、そこへ寄せる時間を与えることができる。他の仲間にも各々守備を整える時間ができる。と、同時に、相手のボールホルダーを危険じゃない方のサイドへ誘導しているわけだ。サイドへボールを追い込んで行けば最後は行き場を失う。攻撃は途切れざるを得ない。私のプレスは誘導のためのプレスで、私に先導されたチームメイトたちのプレスは、ボールを奪い返すための全力のプレスだ。

 この1人で2人を相手にした状況で、危険度の高い方をまず切って危険度の低い方へ誘導し、と同時にチーム全体の寄せを先導するというアクションと、そのメッセージを正しく受け取って行われる周りのアクションには高度なインテリジェンスと相互理解が要求される。自分が判断を誤っても失敗、周りがメッセージを正しく読み取れなくても失敗する。プレスのかけ方とプレス先の選択、それをチームレベルで意思統一させるのは監督にとってPPで最も困難な仕事だと思う」

図を描き解説するセティエン

目的は「敵を自陣深く押し込むこと」

成功度の低いプレーでボールをロストし、この優勢を失ってしまうのはもったいない……

残り:12,047文字/全文:19,821文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

TAG

キケ・セティエンポジショナルプレー

Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。

RANKING