“なんでや”の先にあるもの。広島の背番号3・山﨑大地が味わう「成長の痛み」
サンフレッチェ情熱記 第35回
1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始し、以来欠かさず練習場とスタジアムに足を運び、クラブへ愛と情熱を注ぎ続けた中野和也が、チームと監督、選手、フロントの知られざる物語を解き明かす。第35回は、神戸戦のワンプレーから始まった山﨑大地の葛藤に迫る。ミス、自信喪失、不運、そして再生。背番号3が味わう“成長の痛み”とは何か。
「タイチ、なんでや」と叫んだ80分の決断
その瞬間、スタンドで見ていた筆者は「タイチ、なんでや」と叫んだ。3月27日のノエビアスタジアム神戸、80分のシーンだ。
どうして筆者が叫んだのか。その前にこの試合(神戸対広島戦)の持つ意味を説明しておこう。
広島も神戸も、難しいチーム状況にあった。広島はACLエリートで敗退が決まった上に、名古屋・清水と連敗。一方の神戸は、ACLエリートのベスト8進出は勝ち取ったものの、G大阪・C大阪とPK戦ながら連敗を喫した。それでも、両チームとも勝てば暫定首位に立てるという歪な現実も存在する。チャンスでもありピンチでもある複雑な現状にあった。
さらに両チームとも、チーム構成が難しい。広島は大迫敬介が日本代表招集のため不在。神戸は武藤嘉紀がケガのため離脱中であり、大迫勇也も復帰直後でベンチスタートと二枚看板がいずれもスタートからプレーできない苦しさがあった。
神戸のミヒャエル・スキッベ監督はいつもの4バックではなく、広島の[3-4-2-1]に合わせた形にチームを編成し、ミラーゲームで対峙。それがゆえか前半はお互いにロングボールの応酬、見どころに乏しい闘いとなる。シュートは広島2本に対して神戸3本。サッカーにエンターテインメント性を見出しているスキッベ監督、そしてバルトシュ・ガウル監督、2人の志向とは全く逆の内容となった。
神戸は後半から大迫とジエゴを投入し、攻撃のギアを上げた。しかし先制は広島。49分、ショートカウンターから鈴木章斗のシュート、セカンドボールを木下康介が押し込んだのだ。
ペースは広島。61分、松本泰志が魅せた会心のスルーパスを木下が決めきって2-0となり、広島サポーターは歓喜する。だが本当に微妙な、微細なオフサイドを取られてスコアは1-1のままだ。
66分、広島は疲れが見えた鈴木章斗と塩谷司に替え、加藤陸次樹と山﨑大地を投入する。71分、その加藤がCKをヘッドで合わせて逆サイドに流した。決定的。しかしライン上で永戸勝也がクリアするファインプレーが飛び出し、神戸はギリギリで踏みとどまった。
広島は着実に勝利へと近づいていた。大迫の代わりにゴールマウスを守っていた大内一生(J1初出場)のプレーも安定し、神戸はチャンスをつくることもできない。後半のシュートは80分の段階で0本。ボールを持っても広島の守備を打開できず、外側でパスを回すだけ。何らかのトラブルがなかったら、そのまま広島が勝利をつかむ雰囲気が漂ってきた。
80分、センターサークル付近で大迫勇也がキープ。しかし、ここも佐々木翔が対応する。大迫はパスの出しどころに窮したが、一つだけ広島の隙が見えた場所があった。それが、広島の右サイド。中野就斗が前に出ていたことで、神戸の左ワイド=永戸の前には大きなスペースがあった。そこに神戸の10番はパスを出す。さすがである。
広島の右ストッパーは山﨑大地。この時の彼はパトリッキにピタリとついていたのだが、永戸にパスが出たことで反転し、ボールを追った。
筆者はこの時も、大きな問題はないと感じていた。山﨑はきっと永戸の縦を切り、ドリブルとスルーパスを防ぐポジションを取って攻撃を遅らせてくれるだろうと踏んでいた。ここで考えるべきは、いかに相手を自陣深くに入らせないか。1-0でリードしている以上、リスクは最小限にすべきであるからだ。
ところが山﨑は「ボールが取れる」と判断した。
もちろん、最高の守備はボール奪取である。しかし、ボールを取りにいくのは1つのリスク。入れ替わられると、相手に危険なスペースを与えてしまう。スコアを考えても、点差を見ても、そのリスクを負わなければならないシーンとは思えない。
だからこそ、永戸に対して山﨑がアタックにいった瞬間、思わず「えっ」という言葉が。入れ替わられた時、「なんでや」という叫びが。
永戸、スルーパス。ジエゴが中央から入る。大内が前に出て体で壁をつくる。
シュートは枠外。しかし、福島孝一郎主審はPKを宣告した。中村太VARも介入しなかった。このシーンは後に日本サッカー協会審判委員会が「誤審」と判断し、大きな話題になっている。
ここで筆者はずっと山﨑の姿を追っていた。下を向き、顔を上げられない彼の姿が、そこにあった。ショック。自分のせいだ。そんな山﨑の心境がありありと目に映っていた。
90+4分、広島は大迫勇也にゴールを決められ、広島は負けた。自分のマークであるパトリッキに寄せに行けず、PA内で何もできなかった背番号3。明らかに、1点目につながったミスに、引きずられていた。
PK判定よりも気になった、下を向く山﨑の姿
3月30日、トレーニングでも山﨑は全く元気がない。思わず、声をかけた。
「僕が試合に出て、ゲームを壊してしまった。チームやサポーターに対して本当に申し訳ない気持ちと、自分の力を出しきれない苛立ちとか、いろんな気持ちが交錯してしまって……。
あのPKに直結したあの場面は、ちょっと迷ってしまったんですよね。(永戸選手のところに)ボールが来た時、全てにおいて判断がちょっと遅れてしまった。(ボールを奪いに)行けたかなとは、思うんですよね」
筆者は、こう言った。
「前に出るのなら、たとえファウルになったとしても強度高く、絶対に取り切らないといけない」
……
Profile
中野 和也
1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。
