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絶妙なバランスでエモーショナルを伝える、ベガルタ仙台“広報カメラ”。それは最高のドキュメンタリーであり、次が気になる人間ドラマ

2024.06.12

ベガルタ・ピッチサイドリポート第14回

アウェーの清水エスパルス戦に負けた試合後。ベガルタ仙台の森山佳郎監督は、涙ながらに選手たちへ檄を飛ばしていた。その映像を世の中に届けたのは「広報カメラ」。ベガルタのクラブ公式YouTube「VegaltaChannel」の人気コンテンツだ。では、質の高い内容を誇り、ファン・サポーターからの支持を集めている「広報カメラ」は、果たしてどのような人たちが、どのような想いで制作に携わっているのか。今回は5人のキーマンにおなじみの村林いづみが迫る!

 彼は、ベガルタ仙台に関わる場所にならどこにでも現れる。噂の「ピンクビブスの男」だ。背中にはベガルタ仙台のエンブレムと共に「広報カメラ」の文字が記されている。今シーズンのすべてを記録しているベガルタ仙台公式YouTube「VegaltaChannel」。その中の人気コンテンツが「広報カメラ」である。試合に向けたトレーニングや、ファンサービスの様子。勝利直後の選手やベンチの表情。勝利のダンス。ベガルタ仙台のファン、サポーターが楽しみにしている動画だ。

 今年「広報カメラ」が大きな話題となったのは第11節・清水エスパルス戦後に公開された動画だった。2-3で敗れた試合後のロッカールーム。森山佳郎監督が感情を露わにして選手たちに思いを伝えた。「俺は悔しい」。ピッチ上ではエスパルスサイドのヒーローインタビュー。ロッカールームにまで聞こえる歓喜の声をバックに叫んだ。「ちゃんとやって負けたならいいよ。ビビってただろうが!!あんなの、俺たちのサッカーじゃねぇ」。森山監督が一番悔しがっていた。間違いなく。

 伝えるのは喜びの場面だけではない。最も見せたくないであろう、ぼろぼろに敗れた試合後のロッカールームも映し出す。ここまで出して良いのか?どうして、ここまで見せてくれるのか?エモーショナルな場面を伝え続ける「広報カメラ」が今回の主役だ。

広報カメラの生みの親。コロナ禍での情報発信危機が始まり

 「広報カメラ」、その始まりは正確には2020年に遡る。このコンテンツを生み出したのは株式会社ベガルタ仙台で、現在はファンコミュニケーション部に所属する國分恵太さんだ。

 彼は2015シーズンから昨季途中まで広報担当を務めていた。「もともとトレーニングの様子は動画で公開していなくて、写真とテキストで『トレーニングブログ』としてお届けしていました」。國分さんが広報を務めていた初期に、動画コンテンツを出していたサッカークラブは、まだまだ少なかった。徐々にYouTubeやYouTuberという存在が認知され始め、多くの人が動画コンテンツを見始めた頃だ。「次は動画の時代だなと思っていました。2019年にはキャンプで動画を作ったり、監督の囲み取材の映像を公開していました」

前広報の國分恵太さん(Photo: Idumi Murabayashi)

 2020シーズン開幕後、新型コロナウイルスが猛威を振るい、人と人との接触が最小限に抑えられた。メディアによる取材は制限され、練習場を訪れ、選手たちに会いに行くことを生き甲斐としていたサポーターの楽しみは奪われた。ベガルタ仙台に関する露出が激減した。「やばいなと思いました。クラブの情報を届ける術がなくなった」と國分さんは大きな危機感を覚えた。「当時は動画や写真などの素材をメディアに提供していたので、せっかくだから何かコンテンツを作って届けられたらいいなと思い、上司に相談して『広報カメラ』という名前で出すことになったのがスタートでした」。明るい話題の少ない時期だった。雪の中で、白い息を吐きながら懸命に練習に打ち込む選手たちの動画は、まさに温かな希望だった。

 「撮影、脚本、編集、アップロード。2023シーズンスタートまでは完全に僕一人でやっていました。自然な表情や良い雰囲気、熱量が伝わればいいなと思っていました」。言葉通りの広報カメラ、手作りの映像だった。片手にビデオカメラ、もう一方はスチールカメラ。二刀流で、何でも撮った。黎明期ならではの苦労もあった。「選手も監督もスタッフも、まだ撮られることに慣れていなかったんです。『これ、何用の映像?』って」。徐々にYouTube自体が選手たちにも理解され、協力を得られるようになった。こうしてじっくりと環境を作っていった。

 時を戻そう。2024年の現在、「広報カメラ」は、ベガルタサポーターにも広く知られ愛される動画コンテンツとして成長を続けてきた。現広報担当、株式会社ベガルタ仙台メディアコミュニケーション部部長の庄子勝裕さん、同部の今野春佑さん、野坂剛嗣さん。そしてピンクビブスのまぶしい映像ディレクター、株式会社comme-nt(コメント)の若林大輔さんにも来て頂いて、「広報カメラの現在地」を伺った。

左から広報・野坂さん、広報・庄子さん、映像ディレクター若林さん、広報・今野さん(Photo: Idumi Murabayashi)

負けた試合の裏側までを見せる。「『いいね』欲しさ」には走らない

――昨シーズンから「広報カメラ」に映像のプロが加わった。そのことは公表して大丈夫なんですよね?

広報部「はい、もちろん!」

今野「むしろ言って欲しい位です。映像がアップされ、『広報さん、忙しいのにお疲れ様です』というコメントがあると心苦しい時もあって……(笑)」

――「広報さん、撮影や編集の腕を上げたな!」というコメントがついている時もありましたね。

今野「そこは、腕自体が変わっています(笑)」

――YouTubeを始めとして、ベガルタ仙台がクラブとしてSNS発信を行う中で大事にしていることはどのようなことですか?

庄子「僕たち広報がコンテンツを出していますが、そこに映っているのは監督や選手。彼らを最大限尊重しなければいけないし、協力があって初めて出せるものなんです。その順番が逆になってしまってはいけない。そして、『いいね』欲しさに走らないようにしようということです。『いいね』が欲しくてやってしまうと、限られたコミュニティー向けになり、周りにいる人たちがしらけてしまう。それは怖いので気をつけるようにしています。今年の広報カメラでは、負けた試合でも映像を出すことと、クラブに関して、チーム以外のこともトピックスとして出しています」

――部長の庄子さん、2017年から広報業務に携わり、昨年メインで広報担当となった今野さん、昨年広報に就任した野坂さん。3人の業務の住み分けはどうなっていますか?

庄子「僕はフロント、今野と野坂が現場を担当しています。細かく厳密に業務をリストアップして振り分けてしまうと回らないので、仕事内容は重なっている部分が多く、みんながみんな全ての業務をできるようにしています。3人ともSNSもアップするし、動画も撮っています。主に現場の二人がフル回転している感じです」

野坂「僕は昨年から広報担当となって、それまでは見ている側でした。内側のことは全く分からなかったので、とにかく映像を撮りまくろうと(笑)。使える、使えないはありますが、とにかく撮っています。今年に関しては、半年ほど経って、キャンプも行かせてもらったこともあり、選手とのコミュニケーションは取れるようになってきました。素を出してもらっている実感はありつつも、選手の印象を考えながら、撮る・撮らない、使う・使わないを意識しています」

――昨季から広報カメラの仕事を請け負うことになった映像のプロ、若林さんは、ホームゲームは全て会場にいらっしゃいますね。アウェーはどうですか?

若林「そうですね。今年に関しては東北のアウェーは全部行っています」

今野「それ以外は広報スタッフが撮っています。広報だけでは手が足りない時、フラッシュインタビュー中などに『勝利のダンス』が行われている時は、運営のスタッフがカメラを回してくれています」

庄子「“現場組”がフルで稼働してくれているんですよね」

――実働部隊として広報スタッフが撮影をすることで、実際に腕は上がっているのでは?

今野「昨年から若林さんが入ってくれているのでプロの映像はプロに任せて、僕たちが回すカメラでは、ある種の“ホームビデオ感”。近い存在だからこそ、しゃべってくれるというところも大事にしています」

プロの映像ディレクターが見極める「主観」と「客観」のバランス

――広報カメラに映像のプロが入ることになった経緯を教えていただけますか?……

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Profile

村林 いづみ

フリーアナウンサー、ライター。2007年よりスカパー!やDAZNでベガルタ仙台を中心に試合中継のピッチリポーターを務める。ベガルタ仙台の節目にはだいたいピッチサイドで涙ぐみ、祝杯と勝利のヒーローインタビューを何よりも楽しみに生きる。かつてスカパー!で好評を博した「ベガッ太さんとの夫婦漫才」をどこかで復活させたいと画策している。

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