アタランタのEL制覇は「奇跡」ではない。Jクラブも知っておくべき中小クラブ成長戦略の「モデルケース」
CALCIOおもてうら#17
イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。
今回は、EL決勝でシャビ・アロンソ率いるレバークーゼンを下して悲願の欧州タイトルを獲得したアタランタの成長戦略を掘り下げる。サッカースタイルの定着、それをベースにした育成・スカウティング、選手価値向上によるプレーヤートレーディングでの大きな利益。もはやナポリやローマに並ぶ財政規模にまで成長した元プロビンチャの取り組みは、変革期にあるJリーグのクラブも参考にすべきものかもしれない。
5月22日にダブリンで行われたUEFAヨーロッパリーグ決勝で、アタランタ(イタリア)がレバークーゼン(ドイツ)を3-0で破って初優勝を飾った。クラブにとっては62-63のコッパ・イタリア以来史上2つ目のトロフィ。イタリア国内で競争力を高めてきた近年、コッパ・イタリアでは過去6シーズンで3回決勝進出を果たしたがいずれも準優勝止まりで終わっており、チームを率いるジャン・ピエロ・ガスペリーニ監督にとっても、20年以上にわたるキャリアを経て到達した悲願の初タイトル。それを国内ではなく欧州カップ戦で、しかもスポルティング、マルセイユ、そしてとりわけリバプール、レバークーゼンという屈指の強豪に完勝を収めて勝ち獲ったという意味でも、このEL制覇はきわめて大きな価値を持つ偉業と言えるだろう。
デ・ローンの穴をルックマンで埋めた勇気ある決断
戦前の下馬評では圧倒的にレバークーゼンが有利だった。
オンラインベッティングサイトBtwinのオッズは、レバークーゼン1.82に対して、引き分け(前後半終了時点)3.70、アタランタ4.20。ここまで50試合にわたって無敗を保ってきただけでなく、戦術的にも今シーズンの欧州で最も興味深いサッカーを見せ、あらゆる賞賛を集めてきたブンデスリーガ王者にアタランタはどこまで食い下がれるのか、というのが、ニュートラルな視点から見たこの決勝への興味だった。
しかし蓋を開けてみれば、序盤からアタランタがマンツーマンのハイプレスでレバークーゼンのビルドアップを封じ込め、中盤でのボール奪取から鋭いカウンターで押し込む場面が頻発するという意外な展開に。12分、CKのこぼれ球を拾っての2次攻撃からザッパコスタのクロスをルックマンが押し込んで先制し、さらに26分、リスタート時にプレスを受けたGKコバールが苦し紛れに蹴ったロングボールのこぼれ球を拾ったルックマンが、そのままドリブルで仕掛けるとジャカを股抜きでかわして右足を一閃、ファーポスト際のゴールネットを揺らして2-0と、試合は完全にアタランタの流れになった。
この試合、アタランタは1週間前のコッパ・イタリア決勝(ユベントスに0-1で敗れ準優勝)で負傷した主将にして中盤の要デ・ローンを欠いており、その穴をいかに埋めるかがスタメンをめぐる最大の焦点だった。想定された選択肢は2つ。1つは、デ・ローンの穴(2セントラルMFの一角)をBox to Boxタイプのパサリッチで埋め、前線の2シャドーはデ・ケテラーレとクープマイネルスとするバランス志向の構成。もう1つは、デ・ローンのところにクープマイネルスを下げ、2シャドーの一角により純粋なアタッカーであるルックマンを入れる、より攻撃的な構成。
ガスペリーニはこれまで、リバプールなど格上の強敵に対しては、2シャドーにデ・ケテラーレとクープマイネルスという守備でも計算が立つ2人を起用することが多かった。戦前のスタメン予想でも有力と見られていたのはこちら。ところがこの決勝では、より攻撃的なオプションに賭けるという決断をあえて下し、そしてまさにその決断こそが勝利をもたらす決定的な要因となった。なにしろルックマンは後半76分、カウンターアタックから縦に抜け出したスカマッカと並走してラストパスを引き出すと、この試合を通して翻弄しまくったタプソバをまたもやフェイント一発で抜き去り、今度は左足で強烈なシュートを突き刺して駄目押しの3点目を挙げたのだから。
欧州カップ戦決勝でのハットトリックは史上5人目、しかも1975年のカップウィナーズカップ決勝でのユップ・ハイケンス(ボルシアMG)以来49年ぶりという快挙である。しかもそれを成し遂げたのが、絶対的なレギュラーとも言えない準主力クラスの伏兵ルックマンだったのだから、これはもう巡り合わせと言うしかない。もちろん、その巡り合わせを引き寄せたのはガスペリーニの勇気ある、筋の通った決断だったことは間違いない。
オールコートマンツーマンを攻略できなかったシャビ・アロンソ
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。