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ミシャ式からストッパー・荒木隼人の「センター」へ。サンフレッチェと3バックの不思議な関係

2024.03.19

サンフレッチェ情熱記 第10回

1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始し、以来欠かさず練習場とスタジアムに足を運び、クラブへ愛と情熱を注ぎ続けた中野和也が、チームと監督、選手、フロントの知られざる物語を解き明かす。第10回は、古くからサンフレッチェの代名詞となっている3バックの戦術的変遷について掘り下げる。

 尋常ではない緊張感とインテンシティの高さが続いた90+5分間だった。

 いわゆるスペクタクル(見せ場が多く劇的)なサッカーではなかったが、見ている側とすれば一瞬のまばたきすら許されない展開の早さとスリルを堪能できたスコアレスドローだったと言える。3月16日、序盤戦の大一番と自他ともに認めていた広島と神戸の戦いは、その強度の高さと質において、Jリーグの未来に向けて明るい灯火をかざしたと言っていい。

 筆者が注目したのは、大迫勇也という日本人ナンバーワンストライカーと、日本人最高ランクのストッパーと言える荒木隼人との対決だった。

「荒木隼人vs大迫勇也」の第3ラウンド

 大迫の評価については、説明は不要だろう。一方、荒木を「日本人最高のストッパー」というには、いささか大袈裟ではないかと言う向きはあるかも知れない。だが筆者は、自分の評価に自信を持っている。

 Jリーグには「規格外」と言える外国人FWが何人か存在する。例えば横浜FMのアンデルソン・ロペス、FC東京のディエゴ・オリベイラ、浦和のチアゴ・サンタナ。ウエリントン(福岡)のフィジカルも相当なものだし、昨年まで川崎Fに在籍したレアンドロ・ダミアンも脅威だった。

 だがここ数年の荒木隼人は、こういった外国人選手たちに対して1対1でやられたシーンをほとんど見たことがない。高さでも強さでも、荒木が「規格外」の外国人FWたちに弾かれたり、高さで後手を踏んだ場面はほとんど記憶にない。実際、昨年のトルコキャンプでも、屈強な外国人FWはほとんど荒木に潰されていた。

 ただ大迫勇也は、そうした外国人FWたちとはまた一味違うクオリティを持つ。高さも強さもあるが、一方で技術も戦術的な能力も一級品。ストライカーとしてもポストプレーヤーとしても超一流であり、ゲームメイカーとしても優れた能力を持つマルチタレントだ。

 昨年5月13日、ノエビアスタジアム神戸で荒木と大迫は初めて対戦したが、この時はストライカーの完勝だった。

2023シーズンJ1・第13節ヴィッセル神戸対サンフレッチェ広島のハイライト

 前半から自在にポジションを上下に変える大迫の動きについていけず、ポストプレーやゲームメイクを易々と許してしまい、チャンスを次々に作られてしまった。

 47分、神戸が先制したシーンでも荒木は大迫を捕まえきれずにパスを出され、武藤嘉紀のラストパスをクリアしようとしてオウンゴール。68分にはカウンターを止めようと大迫に密着するもののボールは奪えず、荒木は警告を受ける。

 そして90+5分、相手陣内左サイドでストライカーに身体を寄せたものの、ストッパーは自分の股の間にパスを通され、そのまま武藤のゴールを許してしまう。大迫勇也の偉大さだけが目立ち、荒木は膝を屈することしかできなかった。

 9月16日、首位を走る神戸にホームで挑戦した広島。当然、この試合でもキーになるのは大迫と荒木の対決となった。

 試合前日、ストッパーはこう語っている。

 「大迫選手が素晴らしい選手なのは間違いないですけれど、あの人を抑えなければ僕らが勝つのは難しくなる。何が何でも、抑えるつもりでいます。大迫選手は組み立てに回ることもあるし、ボックスアウトしてプレーする時もありますが、最終的にはゴール前に顔を出してくる。そこはしっかりと集中してプレーして守りたいですね」

 まなじりを決して闘いに挑んだ荒木隼人は、その覚悟を現実化。そこまで19得点4アシストと猛威を振るっていたストライカーを、ほぼ完璧に封じ込めた。大迫には2本のシュートを打たれたが、いずれも決定的なものとはいえず、効果的なパスも荒木が出させなかった。

 チームとしても、シュート数は19本対4本。圧巻の内容で、広島は神戸に完勝する。昨年の9月以降、神戸は8勝1分1敗と快走して初優勝を果たしたが、その1敗が広島戦だった。

 試合後、荒木は胸を張った。

 「前半は(大迫選手に)少し競り負けることもあったんですが、後半には修正できた。ゴール前も含めて、仕事はさせなかったと思います。試合前からボランチの選手と(大迫選手が)中盤に下りてきた時にどうするか、その確認は取れていた。なので、スムーズに抑えることができました」

 そして今年3月16日、ノエビアスタジアム神戸で荒木は大迫と三度、相まみえた。

2024シーズンJ1・第4節ヴィッセル神戸対サンフレッチェ広島のハイライト

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Profile

中野 和也

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。

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