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どうして“ユアテックスタジアム仙台”は、コイントスでエンドを入れ替えられるのか

2023.11.26

ベガルタ・ピッチサイドリポート第7回

それは常日頃からピッチレベルにいる人ならではの“気づき”だったのかもしれない。タイトルの通りだ。「どうして“ユアテックスタジアム仙台”は、コイントスでエンドを入れ替えられるのか」。思い立ったが吉日。その理由を探ろうと、コイントスの当事者であるキャプテン・小出悠太、逆のゴール前への移動を強いられるGK・林彰洋、そしてゴール裏の最前列で大旗を振り上げているサポーター、3人の話を聞き出した。もちろんそれは、おなじみのベガルタラバー・村林いづみの探求心。彼女の興味深い「どうして」に是非お付き合いいただきたい。

 J2最終節、ユアテックスタジアム仙台に差した一筋の光。0-2で迎えた後半21分、地元・宮城県石巻市出身のストライカー菅原龍之助選手がCKからヘディングでゴールを突き刺した。雄たけび。自分では何を叫んだかも覚えていないらしい。このFC町田ゼルビア戦で菅原はベンチ入りし、出番を待った。

 「前半が始まった時に、後半はベガルタの“サポーター側”に攻めるんだなと思い、そこで点を取ろうと考えていました。そう考えたことが今日のゴールにつながったのかもしれません」

2023シーズンJ2最終節町田ゼルビア戦のハイライト動画。今季2点目となった菅原のゴールは3:36から

 アカデミー出身、子どもの頃から憧れていた舞台での初得点。それはサポーターに向かって決めたゴールだった。黄金色のサポーターが構える北側のゴール裏。サポーターは歓喜し、幾本もの大旗が気持ちよく泳いだ。スタジアムのボルテージが一気に上昇した。自分の活躍でサポーターが歓喜した“夢の時間”に若武者の心は奮い立った。苦しいことの多かったシーズンの最後、希望の灯は消えていなかった。

キックオフ直前、頻繁に入れ替えられるユアスタのエンド

 「また、だよ……」

 たださえ慌ただしく、緊張感が走るキックオフの直前。テレビ各局のカメラマンやフォトグラファーが大慌てで、反対側の撮影場所へ移動する。ピッチの端から端へ、移動距離は約120mにも及ぶ。キックオフにカメラの移動が間に合わなければ大事だ。ゴールシーンなど決定的瞬間は、試合開始直後に訪れる可能性もある。カメラアシスタントは重い三脚を持って猛ダッシュ。そんな光景が度々繰り広げられた、ユアテックスタジアム仙台のピッチサイドだ。

 ちなみに、オフィシャルカメラマンの松橋隆樹さんはコイントスやベンチの監督撮影もあるので、この時間もセンターライン付近を離れない。エンドを変えられることも、折り込み済み。試合序盤は、コイントスの結果に左右されない固定の位置で撮影を始める。ユアスタを知り尽くすからこその、賢い選択である。

 我らのホームスタジアム、ユアテックスタジアム仙台は1997年6月に誕生したフットボール専用スタジアムだ。陸上トラックがないため、ピッチと客席の距離が近く、試合中にタッチラインを割ったボールが客席に飛び込んでくるなど、サッカーファンにはたまらない臨場感が味わえる。

Photo: Vegalta Sendai

 スタンドを360度覆う屋根がサポーターの熱気と歓声を包み込み、絶妙に反響させる。ユアスタでは、後半アディショナルタイムに劇的展開が幾度も起こり、「劇場型スタジアム」と呼ばれるほどだ(かつて、佐藤寿人さんが後半アディショナルタイムに2ゴールを叩き込んだ伝説は、今でもサポーターに語り継がれている)。

 途切れることなく、スタンドを囲む屋根の恩恵は他にもある。どちらか一方のエンドへと偏った風向きや日差しの影響を受けることが少ない作りになっているのだ(※ピッチの手前と奥では、時間によって陽の当たり方や影は変わる)。仙台市の北部に位置し、泉ヶ岳から吹いてくる「泉おろし」は冷たく、冬期には雪を降らせるし、2月の開幕時には「カラーボール」の準備が必須であるが、それ以外、現行シーズンでは試合運営に影響するような天候、環境にはないと思う。たぶん。地下鉄の最寄駅から歩いて5分程度という好立地。20000人弱収容というほど良いサイズ感、Wi-Fi完備という便利さ。設備自体の老朽化は進んでいるものの、「良いスタジアムだね」と褒められる度にニヤニヤしてしまう自慢の職場である。

 さて、両チームキャプテンが参加するコイントスだ。「前半に攻める方向」、「どちらのチームがキックオフを行うか」を決めるこの試合前の儀式では、強風や太陽の位置、ピッチコンディションなど特別な理由がない限り、どちらが勝ってもエンドの入れ替えは、さほど頻繁に行われるものではない。しかし、ユアスタでは2023シーズンのホーム21試合の内、7試合。実に3分の1でエンドの交換が行われた。

 第2節・栃木SC戦、第10節・ファジアーノ岡山戦、第15節・モンテディオ山形戦、第20節・ジュビロ磐田戦、第27節・東京ヴェルディ戦、第30節・ザスパクサツ群馬戦、第40節・レノファ山口FC戦。全てが対戦チームの選択だった(なお、この7試合の勝率は、2勝2分3敗。更に、この7チームの監督の内、元仙台の監督、コーチ経験者は3人)。

 キャプテンの小出悠太選手は「ホーム開幕戦も変えられましたし、他のチームも結構変えてきましたね。大分などでは、そういうことはほぼなかったですね。天候の影響で変えることはあったかもしれないですが……。ユアスタでは、相手が変えてきます」。

今季新加入ながらキャプテンを務めた小出(Photo: Vegalta Sendai)

 実際にホーム開幕戦となった第2節の栃木戦で時崎悠監督は「ホームの仙台サポーターの大声援」に警戒して、キックオフ時にエンドを入れ替えたことを明かしている。「推測するに、後半に僕らがホームのサポーター側に攻めるのが、相手にとってはシンプルに嫌なのかとか。もしくは、僕たちにいつもとは違う雰囲気で試合をさせたいとか。サポーターやスタジアムの雰囲気がそうさせているんじゃないかな。それしかないと思いますね」。DFラインの小出の話を聞いて、彼よりも更にサポーターに近い“あの人”に話を聞いてみようと思った。

試合前に最も遠くへ移動する林彰洋。GKの立場で感じる相手への脅威

……

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Profile

村林 いづみ

フリーアナウンサー、ライター。2007年よりスカパー!やDAZNでベガルタ仙台を中心に試合中継のピッチリポーターを務める。ベガルタ仙台の節目にはだいたいピッチサイドで涙ぐみ、祝杯と勝利のヒーローインタビューを何よりも楽しみに生きる。かつてスカパー!で好評を博した「ベガッ太さんとの夫婦漫才」をどこかで復活させたいと画策している。

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