REGULAR

サッカークラブ創設者であり投資銀行マン。「デュアルキャリア」でサッカーの価値を伝える

2021.02.17

不定期連載『東京23区サッカー新時代』

第2回:東京武蔵野ユナイテッドFC(前編)

海外に比べてプロ化の歴史が浅い日本サッカーは、後発ゆえに人口が集中する東京23区内にプロサッカークラブがない、というジレンマを抱えている。しかし、Jリーグ創設20年を超えた現在、23区内にJクラブを作る動きが同時多発的に起こっている。この連載では、新しいムーブメントの担い手たちの考え方に迫りたい。

第2回は、1月に発表された業務提携が話題になっている東京武蔵野ユナイテッドFC。前編では、クラブの代表である福田雅氏のユニークな「デュアルキャリア」に迫った。

「持続可能」なサッカークラブを作りたい


――まずは福田さんの今までのキャリアから聞いてもよろしいでしょうか?

 「サッカー界でのキャリアとしては、東京ユナイテッドというクラブを立ち上げました。クラブの共同代表である人見とは暁星高校サッカー部の同級生で、彼と2010年にクラブを立ち上げ、そこから今まで二人三脚でいろんな仲間を加えながらクラブを経営してきました。最初は東京都4部からスタートして、今は関東1部リーグで東京23区からJを目指すということを旗印に掲げています。ただ単に23区にJクラブをつくればいいというわけではなくて、サッカーのステータスを上げるためにも、政界も財界も官界も熱狂し、応援してくれるようなクラブをつくりたいというのが僕らのコンセプトです。サッカーのステータスを上げるべく、今までサッカーに関わったこともない、興味もない人たちに対して、どうやってサッカーの価値を訴えていくか、どうしたら丸の内や霞ヶ関でも応援されるクラブになれるかを考えています。責任企業を持たない東京の市民クラブとして、街クラブの良さとエスタブリッシュな要素を両方兼ね備えている、そういうクラブをつくりたいと思って活動しています」


――なぜ、丸の内、霞ヶ関の人間にも理解されるのが大事なのでしょうか?

 「今までサッカーどころかスポーツに興味を持ってこなかった人たち、あるいは、スポーツは学生時代までの課外活動に過ぎないととらえ社会人となってからは仕事や国づくりに奔走している人たちに、これからのスポーツのあり方、日本の新たなスポーツ文化について考えてもらいたいと思うからです。もちろん、丸の内や霞ヶ関の人たちが日本のすべてを握っているわけではありません。あくまでも日本の中心を表す象徴的な表現に過ぎません。そういう人たちに理解されるためにも、『東京23区からJクラブへ』と空騒ぎをするつもりはまったくなく、地に足をつけたビジネスの企業体としてサステナブル(持続可能)なクラブにならないといけない。さらに言えば、サッカーに携わる人たちが安心して生活できる、家族を養っていけるようなクラブ、そしてそのような社会をつくる、換言すればサッカーを『産業』として成熟させていく必要があると思います。

 そう考えた時に、僕の相棒の人見が引き合いに出すんですけれども、学習塾には親は月3万も4万も払うんですよ。でもサッカーのクラブチームは月20回も活動しているのに多くても月謝1万円です。それは言ってみれば、スポーツを教えるという価値が低く評価されているということじゃないですか。雨の日も風の日もグラウンドに立ち子どもたちと向き合い続ける指導者の方々も立派な教育者です。そういう人たちの仕事が正当に評価されてほしい。

 僕が暁星高校でコーチをやっていた時に感じたのは、確かに日本の高体連とか部活文化は素晴らしいですし、学校の部活文化が日本のスポーツを支えてきたのは間違いない。一方で、それが終わることはないとしても変遷してきているなと感じていますし、スポーツを通した教育というものが、学校の部活というものから地域のクラブというものに染み出してくるんじゃないかと考えました。ただ、学校の部活文化の弊害は、先生たちが教えるから部活はタダでやれるもの、スポーツはタダでサービスを受けられるものという認識を世の中に浸透させてしまっていること。この認識をどう変えていくかを考えないといけない。街クラブを経営する人たちが、ビジネスとしてしっかりサッカーの現場を運営することで生活ができる、ちゃんとスポーツにお金が回る世の中になって、スポーツが『産業』として成り立たないと、Jクラブをいくつもつくったところで、サッカーが日本において真の『文化』にはならないと考えます」


――地域の公共財としてのスポーツは大事ですし、お金がない子でもスポーツをやれる環境は大切ですが、だからと言って全部がタダだとどこかに無理が出て続かなくなる。誰でも楽しめるスポーツの文化と、働いたことに対して正当な報酬が支払われるビジネスの文化とのバランスをどう取るかは、非常に難しい問題です。先日、ドイツの育成について現地の方と話した時も育成年代の指導者に対しても徐々にきちんと報酬を払う形に変えていく方向に進んでいるようです。ドイツはヨーロッパの中でも最もスポーツとしての意識が強い国なんですが。

 「スポーツ界にきちんとしたビジネスの考えをどう持ち込むか。単にJリーグに昇格するのではなく、そのプロセスで誰を巻き込み、誰の認識を変えさせるかが大事だと思っています。決定権を持っている人たちに対してスポーツというものの価値、教育的な価値や有形無形の価値、経済的な価値をどう言語化してどう社会に落とし込むかというのが、僕らのチャレンジなんです。僕自身、サッカーに育てられたという思いが強いです。生まれた時に左手をケガして不自由だったからサッカーしかやるものがなかったし、中学時代に道を外しかけた時に、もう一回ちゃんと自分の人生と向き合おうと思った時の対象もサッカーでした。そうやって僕はサッカーと、サッカーを通じて関わってきてくれた人たちに育てられてきました。サッカーに対する恩返しの方法は、これしかないと思って、この活動をしています」


――漠然と「東京でJクラブを」というわけではなく、戦略的に考えた結果ということなんですね。

 「そうですね。文の京(ふみのみやこ)である文京区を発祥の地にしているのは、東大のホームタウン、『知』の象徴だからというのもありますし、何より大都会でありながら古くから続く地域コミュニティが今でもしっかりと存在しているからなんです。根差すべき地域のコミュニティがわかりやすい。この方々に愛されるクラブをつくればいいんだと。

 我々は『Local depths, Global reach』という言葉を大事にしていて、地域にしっかり根ざして世界に羽ばたきたい。そう考えた時に、地域に根ざすという意味で、フクダ電子さん、文化シヤッターさんといった文京区の代表的な企業さんに応援してもらうのは、決定的に大事なことでした。一方、世界に羽ばたくという意味で、PwC Japanという、世界4大アカウンティング・ファームの一つが僕らのスポンサーになってくれたことも理想的。そして、ナショナルブランドとしてのみずほフィナンシャルグループ、さらに明治安田生命さんも入ってきてくれた。加えて、インテグラルさんというPEファンドの運営会社まで名を連ねてくださったことは、今の日本のビジネス界の気運を取り込むことにつながります。

 スポンサー企業さんとの出会いはすべて偶然のご縁、言うなれば単なる運ですが、それでも、それなりに戦略を持って集めさせていただいています。支援してくださるスポンサー企業さんも、クラブのカラーを決める重要な要素になるので、とにかくお金が欲しいからかき集めるというふうになってはいけない」


――どういったスポンサーがクラブの理念に賛同してくれるかは、経営者の手腕が問われますね。

 「そもそも日本社会全体がリーダー不足であり、経営者不足と言われています。年功序列社会では若くしてリーダーシップを発揮する場が限定されてしまうのは否めません。会社で大先輩を前にして自分の意見を押し通せないでしょう(笑)。必然的にサッカークラブに若くてリーダーシップを有する人材が来る確率も低くなります。ましてやエモーションとインテリジェンスが融合した人物じゃないと、サッカークラブの経営はできません。日本はまだスポーツが産業として成り立っていませんから、経済的にも魅力的なポストに映らないでしょうしね。合理性抜きでサッカーが好きで好きでしょうがないという変態しか来ないですよ(笑)」


――東京ユナイテッドもそうですが、近年は親会社を持たない市民クラブが増えてきています。そういうクラブが新しい流れを作っていくのでしょうか?

 「大きな流れとしてはありますが、一方で市民クラブの財務基盤は非常に脆弱です。そこをどうやって堅固な財務基盤を築きつつクラブのカラーも確立させて、盤石な市民クラブをつくっていくかというチャレンジですよね」


――今東京にJクラブを作る動きが盛り上がっていると思うのですが、そもそもなぜ23区内にJクラブができていないとお考えですか?

 「Jリーグがスタートする時点で、地方創生のコンテンツとして、日本全国におらが街のクラブをつくれと言って旗を振ってきたという側面は大きいと思います。東京には野球、競馬、音楽ライブなどの競合のエンターテインメントも多く、Jリーグ創設当時に、東京にクラブを強く求められていなかった気がします。また、誤解を恐れずに言うと、地方の方がまとまりやすいのかもしれません。東京23区は23人の首長がいて、それぞれ政策も違うわけです。そもそも東京は核家族化が進展していて人と人との結びつきが希薄だし、地域に根ざすといってもどの地域に根ざせばいいか、その特定さえ難しいわけですよ。あとはインフラ面、グランドやスタジアムがないというのは、言わずもがなですね」


――都内に新しくスタジアムを作るのも大変ですよね。

 「みんなスタジアムがないからクラブがつくれないというんですけども、僕は逆だと思ってるんですね。クラブがあって、そのクラブのためにスタジアムを作ろうという順番ですよね。何もないところにスタジアムだと言ってできるわけがない。現実的には西が丘や駒沢をルールチェンジしていくしかないと思いますが、それもただルールを変えてくれじゃなくて、このクラブをルールを変えてでもリーグに取り込んだ方が得だとJリーグに思わせることができるかどうか。今すぐJが僕らのためにルールを緩和するかといったら、難しい。飾らずに言うと、僕らがいなかったところでJリーグは困らないですから。だけど仮に僕らについてくれているスポンサー群が特殊だとか、今までJリーグを見てこなかったようなファン層がついてくれているとか、しかも毎試合に人がすごい集まるというふうになったら、このチームをリーグとしても入れた方が得ですよね。だから詰まるところ、僕らの価値は社会が決めるんですよ。僕らがこの先Jリーグに入れるかどうかはそれ次第だと思います」


――ただ単に23区の中にJクラブがあればすべてがうまくいくというのは甘い考えで、単純にそのクラブが投資価値のある存在だと思ってもらわないといけない。

 「その通りです。単純に投資価値があると思ってもらえるかどうか。僕らは、単に『自分たちだけのクラブ』をつくりたいわけではなく、多くの人たちに受け容れられる社会の公器たるクラブをつくりたいのであって、クラブをより発展させていくために必要だと判断すれば、オーナーシップだって売る覚悟はあります。そもそも僕だっていつかはこの世からいなくなるわけですから。だから、今後は僕らもオーナーシップを売る時が来ると思うんですよ。逆に言うと、国内のみならず海外からも買いたいという投資家が現れないと、僕らのクラブだけではなく、日本は沈むでしょうね。日本企業を買いたいというグローバルカンパニーが減ってきていますが、サッカークラブも然りです」


――買った側が投資を回収できるような仕組みができていないといけないわけですね。

 「どう利益を出していくのか。答えがわかっていたら、もうすでに多くの人がやっているでしょうね。だから僕はやりながらその解答を見つけようとしているところです」

「デュアルキャリア」のすゝめ


――福田さんは、みずほ証券の投資銀行部門に在籍されていて、公認会計士の資格もお持ちですよね。そういう方がサッカーの現場で監督をやられていたというのは、すごくユニークだと思います。いわゆるデュアルキャリアですよね。

 「そうですね。日本の社会が変わってきているじゃないですか。今までみたいに新卒採用、終身雇用という、キャリアは会社がデザインしてくれるという時代ではない。そういう中で、僕は大学生の時に終身雇用というキャリアを選択しなかった。会計士の資格を取って、いつでもやりたいことが見つかったら飛びつけるようにしました。資格によって何かをやる時に物事を見通す軸を得ることもできました。会計だろうが法律だろうが、同じ事象でもその人の持っているエキスパティーズ次第で理解のアングルが違うと思うんです」


――でも、投資銀行マンとして第一線で働きながらクラブの経営も行うのは大変ですよね?

 「今はどこでも仕事ができますし、朝早くから会社に行ってずっと仕事の机の前に張りついていたらいいビジネスマンなのかと言ったらそうではない。労働量とパフォーマンスは正比例ではないですよね。ましてやこのコロナ禍で、どこで何をしてようが、しっかりパフォーマンスにコミットできればいいという時代です。そして、僕らの年齢になると、誰と話ができるか、誰に頼られているかとか、プライベートも含めた有形無形のアセットで、ほとんどバリューが決まっているんです」


――サッカークラブの経営者は金銭的なメリット以上に、社会的なつながりに価値がありますよね。たとえ規模は小さくてもサッカークラブは地域の顔であり、希望です。地域の政治・経済の代表者とコミュニケーションを取らないと始まりません。逆に言えば、それだけの人物とのパイプができるのも確かです。

 「クラブ経営をやっていて、これはすごい社交活動なんだと感じています。立場を超えてどんな人とも会話ができる。そう考えると、僕にとっては投資銀行マンとしての仕事とクラブの経営にはものすごいシナジーがあるんです。また、何より将来のクラブ経営を考えた時に、僕自身の能力の限界がクラブの限界になってしまう。リーダー以上の組織はできません。将来のクラブの発展のために僕自身が成長し続けなければならないのです。ましてや、『君はサッカーしか知らないでしょ』なんて思われることがあってはならない。こうしたキャリアを許してくれたみずほ証券の懐の深さには感謝していますし、僕の変わったキャリアがいずれは少しでも企業の価値を高めることに貢献できればうれしいですね」


――そもそも、なぜデュアルキャリアという道を選択されたんでしょうか?

 「社会に出たばかりの十数年前の時点では、サッカー界でのキャリアパスというものが何なのか見えなかったんです。どうやってサッカー界で成功していくか、サッカー界に根を張る方法って何なんだろうと。その答えは現場にあると思って、暁星高校で週末だけ指導にあたるようになりました。そこでいろんなものを経験する中で人と人のつながりも見えてきました。一方で部活文化の限界も感じて、これからは地域のクラブ文化だと思ってクラブを立ち上げるに至りました。僕は、後進がサッカー界に入ってきてくれる時のロールモデルになりたいと思っています。僕自身も悩んで苦しみましたが、優秀な人間はみんな一流企業に入って、そこから抜けられない。だけど、その中で時間を作って自分のキャパシティを広げていくしかないんです。例えば、僕は他の人が付き合いの飲み会やゴルフをやっている時に、グランドに立っていました。何をやるかは人それぞれですが、僕は1日24時間を目いっぱい使って、投資銀行マンをやりながらサッカーでのキャリアを少しずつ構築してきた。そうしているうちに気づいたら、本業にもつながるような、サッカー界でのアセットができていた。その詳細はこの場で語り尽くせませんが、僕のキャリアも人生も豊かにしてくれていることは事実です」


――副業はその人の可能性を広げる意味でもプラスになりますよね。社外のつながりもできるし、自分のスキルを可視化できるようになりますから。

 「僕はみんなに言ってるんですけど、ドラスティックなキャリアチェンジではなくて、グラデュアルトランジション、少しずつ実行しようと。その配分を少しずつ変えていけばいい。なのでまずは、とにかく現場に行ってみるとか何か手伝いをしてみるとか、ボール拾いからでもいい、小さいことから始めてみてほしいです。そうすると次第に自分のやれることの領域が広がっていく。マネタイズのことなんて考えないで、いったんは徹底的に未来へ向けた投資をしてほしいです。

 会計士の人たち向けの講演をすると、会計士としてスポーツ業界にどうやって貢献していったらいいんですか?と必ず聞かれますが、まずは『サッカー人になれ、現場人になれ』と言うようにしています。みんなファンクション(機能)としてニーズがないかって求めるんですけど、まず人物として必要にならないといけない。そうして初めてファンクションを任せてもらえる。会計士、弁護士になったからといって自動的にキャリアが開けるというわけではないんです。別にサッカーに限らず、会計士が上から目線で『何かやってあげましょうか?』と言われても、現場の人は『は?』となりますよ。そうではなくて、まず現場に行って一緒に生活していく中で問題に直面した時に、自分のスペシャリティを発揮する。『え、あなた会計士だったんですか!?』と言われるくらいの順序でないと、機能しません。ただ、自身の領域を広げれば広げるほど、考えることも増えて、多くのリスクも背負い込むことになります。何が起きても自身の不徳の致すところとして呑み込み、ステージごとに前に進んでいく覚悟があるかどうかを自問自答していく。人生における金と時間と情熱の投資の配分は自分で決めていけばいい。確実に言えることは、投資の量に応じてリスクもリターンも変わるということですね(笑)」


――まずサッカー人になるのが先というわけですね。

 「とはいえ、単にサッカー人でも足りなくて、金融の知見がなければ僕はサッカー界でも必要とされなかったと思います。投資銀行マンは何を言えば、どういうソリューション(解決策)を提供すれば、それが相手の合理性と合致するかを常に探してるんですよ。会社の有価証券報告書やアニュアルレポートを見ると、今会社が打ち出したいメッセージが見えてくる。それに対して僕らはあなたたちのメッセージに合致していますよね、という形で売り込んでいくわけです。この能力が身についていたからこそ、できたこともありました。今回の東京武蔵野シティFCとの提携の交渉も、まさにそうだったと思います」

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Editon Cooperation: Mirano Yokobori (footballista Lab), Baku Horimoto (footballista Lab)
Photo: Ohsugi Kazuhiro, TOKYO UNITED FOOTBALL CLUB

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Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。