FEATURE

戦術的ピリオダイゼーションは 「筋トレ」と共存できるか?

2020.06.24

林舞輝(奈良クラブ監督)×川端暁彦(サッカージャーナリスト)

戦術的ピリオダイゼーションのメソッドを導入する上で、ネックになってくるのが「筋トレ」をどうするかだ。「サッカーでないトレーニング」はこの理論の敵。しかし、欧州サッカーでは多くの選手が熱心にジムで体を鍛えており、「重くなることを嫌う」日本人との体格差は広がるばかりだ。一体、我われはどうすればいいのか。 長く日本サッカーを見てきたジャーナリストの川端暁彦氏が、戦術的ピリオダイゼーションと欧州サッカーの現場を知る林舞輝氏に直撃した記事を林監督初の著書『「サッカー」とは何か 戦術的ピリオダイゼーションvsバルセロナ構造主義、欧州最先端をリードする二大トレーニング理論』の重版を記念して特別公開します!

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本来、筋トレは「戦ピリの敵」である

川端戦術的ピリオダイゼーションの有名な格言に『ピアニストはピアノの周りを走らない』ってのがあるじゃないか」

「ありますね。『ピアノはピアノを弾くことでしかうまくならない。サッカーもサッカーをすることでしかうまくならない』ということです。素走りとか無駄なんです」

川端「まさにそれが聞きたい。つまり、戦術的ピリオダイゼーションにおいて個人の筋力トレーニングは否定されているという認識でいいんだよね? ピアノの周りを走らないように、反・筋トレ」

「反・筋トレというと少しニュアンスが違うかもしれません。ただ、『サッカーで起き得ないことをトレーニングするのはナンセンス』という発想はあります。つまり、試合でバーベルを持ち上げる場面なんてないんだから、やる必要はないだろ、と」

川端 「なるほど」

「モウリーニョいわく『私の言う“ストレングス”は、サッカーでストップや方向転換で使う“ストレングス”であって、重りを持ち上げたり下ろしたりする“ストレングス”ではない。それは“サッカーのストレングス”ではない』ですね。だから、サッカーでピッチの周りを走る場面なんてないわけだから走らなくていいし、山も砂浜も走らなくていい」

川端「ジムへ行ってもしょうがない。サッカーは芝生の上でやるものだから」

「そういうことです。フィジカルのみを切り抜いてトレーニングすることはできないから」

川端 「それは無意味。いや、非効率かな」

「まあ、戦ピリ原理主義者は『無意味』と言い切ることでしょう」

川端「でも、サッカーはサッカーでしか……という論理でいくと、ひたすら紅白戦やってればいいってことにならない?(笑)」

「いえ、紅白戦は複雑性が強過ぎる。頭もメンタルも疲労し過ぎる」

川端 「負荷がコントロールできない?」

「そう。あくまで、公式戦から逆算していくピリオダイゼーションなので。より試合に近いリアルな練習にするんだけど、試合ではないです。4局面やどの原則にフォーカスするかだとか。ストレングス、インデュアランス(持久性)、スピードのどれにフォーカスするかで、その日のトレーニングを決めていく感じですね。ある原則をちゃんと何回も起きるように設定したり」

川端「それは例えば?」

「ビルドアップを落とし込むなら、試合方式で練習していても、アウト・オブ・プレーになったら必ずゴールキックからスタートする、とかです」

川端「なるほどね」

「要はプレー原則をいかに落とし込むか。完全な試合形式だと何が起こるかわからな過ぎるじゃないですか。例えば、一方がずっと攻め続けちゃって、片方のチームがビルドアップの練習ができなかった、みたいな」

川端 「そこでは次の対戦相手を想定している?」

「いえ、プレー原則の設定において、相手は想定しません。例えば、『最後尾は必ず数的優位を確保してビルドアップ』なら、相手が1トップで追ってくるなら、CB2枚のまま。相手が2トップなら、ボランチが下りたりといったことができるように、原則を落し込みます」

川端「それをシーズン中ずっと繰り返してゲームモデルを習熟していく?」

「はい、そんな感じです。ただ、『1トップだったらこう』『2トップだったらこう』はパターンですね。対戦相手によってそれを変えるということではないですが、相手によって有効なものを提示はします。次の相手は2トップでプレスに来るから、ボランチが下りること多くなると思うよ、みたいな。相手によって原則を変えることはしません。というか、できません」

川端 「そうして積み上げる流れの中にフィジカルトレーニング、というか、そもそも個人のトレーニングが入る要素はないということかな」

「はい、極めて非効率的ですから。サッカーは意思決定のゲームなので、全員が同じように判断できるようなチームを目指しているのに、一人が筋トレやってたらそれはできない」

川端 「でも効率から言うと、逆の面もあるんじゃないか? 選手一人ひとり能力はバラバラなわけで、全員が同じ課題を持っているわけじゃない。例えば同じ負荷の練習を課したとしても、1人はヘトヘトで、もう1人はまだまだ余裕なんてこともあるんじゃない?」

「そういうチームは、困ります」

川端 「困るのか(笑)」

「試合で11人中5人が70分で使い物にならなくなるなら、チームとして機能するわけがない。だから、チームみんなが同じ負荷に耐えられるようにならなければならないわけで、そのためには、チームが要求する負荷を練習から与え続けるしか手段はない。全員に」

川端 「その場合、負荷の足りない選手と、負荷が強過ぎる選手で取り組むメニューを変えるとかではないんだ」

「あくまで、同じ練習の中で変えますね。例えば、フリーマンにするとか。同じように判断できるようにしなければならないので。もちろん、(ケガをした後の)リハビリとかだとまた話は違ってきます」

川端 「一般的な練習に対する考え方だと、足りないもののある選手は個別的なトレーニングを入れるじゃない。走れない選手は走らすし、パワーの足りない選手は腕立てするし、パスが下手過ぎるならパス練させる」

「走らない選手は、試合で走れるようにすればいいし、パワーとは腕立て伏せをするパワーではなく、サッカーで加速したりジャンプするためのパワーなので。走れないから素走りさせよう、パワーないから筋トレさせよう、パスできないから対面パスさせよう、はないですね。大体、パスが下手な選手に必要なのは、真っ直ぐ来たボールを真っ直ぐ止めて来たところへ真っ直ぐパスを返す能力ではなく、試合の中で必要なパスなんです」

川端 「認知と判断のある中でのパスね」

「例えば、よくパスミスする選手がいますって言った時に、果たしてテクニックの問題なのかどうか。フィジカルの問題だったのかもしれません。後半残り5分だとミスが増える、とか。コミュニケーションの問題かもしれないし、あるいはメンタルかもしれない。あるいは全部かも。そういった、メンタル、フィジカル、テクニック、戦術(頭)が相互に影響し合い、混ざり合っているのがサッカー。それを個別に切り離して練習してもしょうがない。これが戦術的ピリオダイゼーションの考え方の基本です。だから、筋トレは必要ないんです」

川端 「でもさ、もしもメンタルだとしたら、『あれだけパス練したんだから』というのが自信になって変わるかもよ?」

「それは、実際あります」

川端 「あるよね。FKの練習とかも感じるんだ。『あれだけ蹴り込んだんだから』というのが大事な場面のFKの拠りどころになったりするじゃない」

「それは戦ピリの敵です」

川端 「敵……」

「だから、戦ピリを導入すると、だいたい選手が不安になるんです。これはもう、ポルトガルでもめっちゃ聞いた話なんです」

川端 「やっぱり、欧州でもそうなんだ」

「戦ピリで指導している立場からすると、『あんだけ効率の良い練習やったんだから負けるはずがない』なんですけど、選手の受け止め方は違う場合がある。そこはわかっておく必要がありますし、同時に『走りの練習してないけど、試合になったら走れるじゃん』という成功体験で補うしかない」

ピッチを離れ走るラツィオの選手たち

結局、やるんかい!

川端 「だから筋トレはいらない、と」

「そうです」

川端 「意思決定がないから」

「筋トレはいらない」

川端 「判断がないから」

「筋トレはいらない」

川端 「ゲームモデルがないから」

「筋トレはいらない」

川端 「プレー原則がないから」

「筋トレはいらない」

川端 「ホントに筋トレはいらない……?」

「いります」

川端 「えっ」

「筋トレはいります」

川端 「は? じゃあ、今年から監督になって練習の全権握った奈良クラブでは筋トレやる?」

「めっちゃやりますよ。当たり前じゃないですか。筋トレは大事です。さっそく、プレシーズンの強化のために筋トレ専門のフィジカルコーチを呼んでいます。この記事が出る頃、みっちりやっていることでしょう」

川端 「今までの話は何だったんだよ(笑)」

「今日もやりました。午前は体幹やって、そして午後は個別に筋トレをやっています。今、奈良クラブの選手の何人かはジムに1時間閉じ込められていますよ」

川端 「足りない選手にやらせている?」

「いえ、全員です。全員10日間の間で4回入れられます」

川端 「今までの話は何だったんだよ(笑)」

「戦ピリ的に『筋トレはいらない』とは言いましたが、僕個人としていらないと思っているとは言っていませんよ(笑)」

川端 「じゃあ、逆にサッカーの練習に筋トレが必要な理由って何よ?」

「体幹は人生の基本。サッカーは物理。以上です」

川端 「……。これをやり込むのはシーズン前のトレーニングだからだよね?」

「はい。逆に、今しかできないですから」

川端 「戦ピリだと、シーズン前に走り込むとかナンセンスという話じゃなかったっけ? 体作り的なトレーニングは無意味、という」

「はい。シーズン前の走り込みも筋トレも馬鹿がやること。戦ピリにおいては」

川端 「ただ、それを学んだ上で違う結論を出した、と」

「そういうことです。だいたい、ピアニストはピアノの周りを走らないのは当たり前なんですよ。ピアノの演奏に『走る』という要素はないんだから。サッカーはあるでしょ、『走る』こと。そしてサッカーは物理。速く強く蹴れれば、よく飛びます。超単純です」

川端 「まあ、ぶつかり合いも避けられないしな」

「ただ、例えば体幹トレーニングなら、かなりサッカーに近づけるようリクエストしています。それこそ、ぶつかる、とかですね。ボールを使ったりもします」

川端 「サッカーのパフォーマンスを上げるためにも筋トレは有効だということだね」

「ただ、正しいやり方を知ってる人が少な過ぎる。それは、栄養補給とかも含めです。筋トレは諸刃の剣みたいなところがありますから」

川端 「変なやり方をすると故障の元だったりするよね」

「ステーキと同じで、焼き過ぎるとまずい。でも、焼かないと毒。正しい塩梅で焼かないと美味しくはない」

川端 「素の体では戦えないけど、ボディビルダー作るわけじゃないぞ、と。やり過ぎるとコンディション崩したり、ケガをするし」

「しかし、負荷が低過ぎると、サッカーに向かないタイプの筋肉になってしまうこともあります。よく『筋トレしたらキレがなくなったから筋トレしない』とかいう選手がいますが、それは、筋トレが悪いんじゃないのです。正しい筋トレをしなかったのが悪い。そこで、『筋トレは悪だ!』となるのは、まじでもったいないですよ。大体、本当に筋トレが悪だったら、プレミアリーグの選手があんなムキムキの選手だらけになるはずがないじゃないですか」

川端 「そりゃそうだね」

ウェイトを使ったトレーニングに励むチーロ・インモービレ

クラブを悩ませる「個人トレーナー問題」

川端 「あとさ、これは欧州でも日本でもそういう傾向が出てきていると思うけど、個人トレーナーをつけて個人トレーニングしている選手が結構いるじゃん。あれは言ってみれば、戦ピリの敵だよね?」……

Profile

川端 暁彦

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣『エル・ゴラッソ』を始め各種媒体にライターとして寄稿する他、フリーの編集者としての活動も行っている。著書に『Jの新人』(東邦出版)。