ケガの克服に重要な「ビジュアライゼーション」とは?イタリアNo.1メンタルコーチの“脳の筋力を高める”トレーニング【前編】
【特集】過密日程と強度向上による生存競争。ケガとともに生きる #12
サッカーにケガは付き物。“ともに生きる”術を磨いてきたサッカー界は、近年の過密日程やプレーの強度向上という変化の中で、ケガとどう向き合っているのか。予防や治療を通じて選手たちを心身両面でケアする様々な専門家の取り組みをはじめ、「サッカーとケガ」の最新事情を追う。
第12回は、多くのフットボーラーをクライアントに抱え、目標達成に向かわせる心的構造を確立すべくメソッドを提供する「メンタルコーチ」として、長年イタリアで活躍するロベルト・チビタレーゼにインタビュー。前編では、ケガをした時に選手は何をすべきか、その回復・復帰のプロセスにおいて鍵となる「脳のトレーニング」について教えてもらった。
「最初にやるべきは、未来に目を向けること。そのために新たな目標を設定し、意識を集中すること」
――ロベルトはメンタルコーチとして、クライアントである選手が故障という状況に直面するのを数多くサポートしてきたと思います。その立場から、故障という避けられない状況を受け容れ、克服していくために、メンタルという側面から見て何が必要かについて、ここで掘り下げていければと思っています。
「まず、サッカー選手にとってケガという状況がメンタル的に何を意味するか、というところから入りましょうか。予期せぬ形で突然襲ってきたケガという状況は、何よりもまず、自らが設定した目標への到達を妨げる障害物として立ち上がります。サッカー選手の多くは、キャリアを送る中で一つの明確な目標を期限を切って設定し、そこに到達するために日々努力を積み重ねるというアプローチを取ります。そこには、設定した期限までの時間は、常にポジティブに積み重なっていくものだという前提があります。
しかしケガは、その前提そのものを突き崩してしまう。目標に向かって進んでいた道が突然障害物によって塞がれてしまうわけで、しかもその障害物はどうやっても動かすことができないのですから、選手が精神的な困難に陥るのも無理はありません。自分の力でコントロールできない要因を前にした時に、我われが感じるのは無力感ですよね。それは、毎日目標に向かって努力を続けるモティベーションを削ぐのに十分なものです」
――その状況に向き合い、乗り越えるための力を見出すのは簡単なことではなさそうです。
「決して簡単ではありません。まず最初にやるべきは、すでに起こってしまったケガという状況、すなわち過去に目を向けることを止めて、未来に目を向けること。そのために新たな目標を設定して、それに意識を集中することです。具体的に言うと、それまで設定していたキャリア上の目標は目標として維持しつつ、一時的にペンディングする。その代わりにこの故障を治し1日でも早く復帰するという明確な目標を、はっきりと期限を切って設定する。
これはケガの種類や重さにかかわらず、常に同じです。どうしてこんなケガをしてしまったのか、あの時どうすれば良かったのかといった、過去にフォーカスした思考は回復の助けにはなりません。今あるこの状態からいかに回復するか、1日も早く本来のコンディションを完全に取り戻して復帰するためには何をすべきか、そこに全面的に意識を集中する」
――ケガをした時の状況やその原因といった過去に思考を向けることだけでなく、回復の途上で自分が感じる不安や焦り、恐怖のようなネガティブな感情も、マイナス方向に働きますよね。
「その通りです。故障してリハビリテーションの途上にある選手は、金魚鉢の中に閉じ込められて周りを見ている魚のような状況にあります。外ではチームメイトがトレーニングに励み、試合を戦っている。自分のポジションに入った選手が期待以上の活躍を見せることだってある。それを見ながら何もできないというのは、きわめてストレスフルな状況です。しかしそのストレスは、回復の助けにならないどころか、それを妨げ遅らせる要因にもなり得る。そうした感情や思考に陥らないためにも、回復に向けた明確な目標を設定し、それに集中する状況を自分の中に、そして周りに作り出すことが重要なのです。唯一最大の目標は万全の状態で復帰すること。そこに向かって常に前を向き、意識を未来にフォーカスすることです」……
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。