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進化するフィジカル管理が直面する「人権」と「データ集まりすぎ問題」とは?【スパルタ・ロッテルダムHPP相良浩平インタビュー後編】

2024.03.19

【特集】過密日程と強度向上による生存競争。ケガとともに生きる #5

サッカーにケガは付き物。“ともに生きる”術を磨いてきたサッカー界は、近年の過密日程やプレーの強度向上という変化の中で、ケガとどう向き合っているのか。予防や治療を通じて選手たちを心身両面でケアする様々な専門家の取り組みをはじめ、「サッカーとケガ」の最新事情を追う。

前回に引き続き、オランダの古豪スパルタ・ロッテルダムでヘッド・オブ・フィジカルパフォーマンス(HPP)を務める相良浩平氏と一緒に、「大量のフィジカルデータのマネジメント」と「選手をどこまで管理するのか」という今後の論点について考えてみたい。

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過密日程への対処法はあるのか?

――サッカーのインテンシティが上がってきていると同時に、過密日程化が進んでいます。フィジカルコーチとしては、どう対処していくべきなのでしょうか?

 「試合数が増えて過密日程になるほど、ケガのリスクが高まることはメディアでも議論されていますし、論文や研究結果も出ています。それに対してどう対処するかは当然考える必要があります。

 いくつか方向性はありますが、1つはリーグとしての対策です。例えばエールディビジでは、欧州カップ戦に参加しているチームに関してはそのスケジュールに合わせてリーグ戦を組んでいて、リーグ戦と欧州のカップ戦の間を最低48時間、できれば3日間空ける努力がされています。

 現場レベルの対策としては、疲労からの回復の重要性が高まっていますね。ハイパフォーマンス部門の設置や拡大もそうですし、外部のデータ会社との連携も盛んになっています。実際に疲労の回復に対するアプローチが1つのマーケットを形成していて、サービスを展開する企業からクラブにコンタクトしてくるケースが増えています。先ほどお話した睡眠のモニタリング、呼吸のモニタリングもそうですし、ハイドレーション、体の中の水分の質・量の分析などができるようになりました。そうした新しいテクノロジーの売り込みが増えてきましたし、大きなクラブほどそのようなサービスを活用している傾向にあります」

――ディーテルが勝負を分けるというか、様々なテクノロジーの活用法を競う時代がきているわけですね。

 「そうですね。今はデータがあるので、一昔前に主流だった主観的な議論が減ってきた印象があります。サッカーは感情のスポーツですから、試合に負けたからオフを与えないとか、負けたから走らせる、などといったことが減ってきた背景には、テクノロジーの進化によって客観的なデータが増えてきたことがあると思います」

――過密日程への対処法として、相良さん自身が取り組んでいることはありますか?

 「過密日程については、短期間で対処することは難しいので、いかに先を見て対応できるかどうかが重要です。今季を例に挙げると、ウィンターストップまでの間は4週間ごとに代表ウィークがあるので、その期間に3日間の休みを与えることができます。つまり、4週間に1回試合のない週を作ることができました。しかし、この先の予定を見ると、1月の代表ウィーク後の次の代表ウィークは3月末ですから、最初の半年間は4週間に1回ブレイクを挟めますが、そこからは3カ月もの間ブレイクなしで戦うことになります。オフがない状態で、よりたくさんの試合をやることになるので、疲労の蓄積が進むことが予想できます。

 それを意識してスケジュールを組む中で、例えば『今、選手が疲労しているから、来週はオフにしよう』といったその時の状況に合わせた日程レベルの調整はスケジュール的に難しいんです。そのため、ウィンターストップの後はこういうスケジュールなので、この時期に疲労がくると予想されるから、あらかじめ2日間のオフを確保しておきましょうとか、この2カ月の間で2日連続のオフを4週間に一度作りましょう、といったことを予測してスケジュール管理しています」

――データを見て日々の練習メニューの負荷調整はできるけど、いきなりオフ日を作る調整は難しいと。

 「はい。もちろん週によって試合の強度は違いますし、天候も違います。データは毎日取って毎日見ているけど、その週のスケジュールをいきなり変えることは難しい。だから、いかに前もって予測して監督とコミュニケーションを取っていくかが大事です。選手によっても疲労度は異なります。選手に『君はこの時期にこのくらいの疲労度になるよ』と伝えておいたり、スタッフに『この選手はこれくらいプレーしているから、この試合で◯分以上使うと、翌日以降のリアクションがこうなりますよ』といった具合に、できるだけわかりやすく共有することを心がけています」

――現実的な対策としてはターンオーバーをすることが最善なのでしょうが、相良さんが話してくれたような情報がなければ、監督は決断が難しいですよね。

 「監督はいろんなことを決断しなければなりませんし、フィジカル以外にもマネジメントをしなければならないので、そこまで頭が回らないことが多いです。必要なフィジカルの情報をいかにわかりやすく端的に伝えられるか、そのコミュニケーションを通じて信頼してもらえるかが重要です」

――例えば、あらかじめ「この選手はケガの既往歴もあるし、このくらい連続で試合に起用すると、この時期にケガのリスクが高まる」といったことがわかっていれば、監督としても「この試合は休ませよう」という決断がしやすいでしょうし、それだけフィジカル部門との連携が重要ということですね。

 「客観的なデータとして伝えることも重要です。スパルタでは、僕が自分で取り組んでいる研究の他に、何人かインターンシップを置いてクラブ内でデータに基づく研究をするようになりました。今は、複数のデータを組み合わせてAIがケガのリスクを予測するシステムを作ろうと取り組んでいます。たくさんのデータを1つの情報に一元化するためのテクノロジーも、今開発を進めているところです。複数のデータを組み合わせて、選手ごとのケガのリスクを可視化できれば、監督とのコミュニケーションがもっと円滑になるでしょうから」……

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。