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アルダ・ギュレル(トルコ):レアル・マドリーでは許されない、“自由な王様の独り舞台”が面白い

2026.06.08

【特集】北中米W杯で輝く次世代スターの軌跡 #3
アルダ・ギュレル(トルコ代表)

エンドリッキ(ブラジル)、ビクトル・ムニョス(スペイン)、ラヤン・シェルキ(フランス)、ジュリアーノ・シメオネ(アルゼンチン)、エリオット・アンダーソン(イングランド)、アルダ・ギュレル(トルコ)――ロシア大会で数々の記録を塗り替えながら、当時19歳でフランスの20年ぶり優勝を牽引したキリアン・ムバッペのように、初出場のW杯で主役の座へと駆け上がり、次のサッカー界を背負っていくU-23の新星は誰か? そして彼らの世界を驚かせる才能は、一体どのような「環境」と「育成」で磨かれてきたのか? 北中米大会で輝くであろう、次世代スターたちの軌跡をたどる。

第3回は、レアル・マドリーで3シーズン揉まれた21歳、すでに30キャップを数えるトルコ代表でこそいっそう輝く、エレガントなテクニシャンの王様然とした振る舞いに注目しよう。

チャルハノールからのバトン、4つの役割とは?

 W杯では王様のアルダ・ギュレルが見られるだろう。トルコ代表の攻撃はボールが彼を経由しないと成立しない。ポジションは[4‐2‐3‐1]の2列目真ん中、いわゆるトップ下である。EURO2024では[4‐2‐3‐1]の2列目右で右サイドのアタッカーとして注目を集め、トップ下は偉大なるキャプテン、ハカン・チャルハノール(インテル)に譲っていたのだが、今はキャプテンが1列下がってダブルボランチの位置でプレーすることが多くなり、正式に攻撃のバトンを渡された。プリンス(王子様)だったのが王様に昇格した格好だ。

 もっともEURO2024でもチャルハノールとはダブルトップ下という形だったのだが、センター寄りで下がり気味のギュレルがパサーを務め、キャプテンは前へ出てCF化してパスの受け手に回ることが多かったのでメイントップ下はギュレルの方だった。ポジショニングの特徴に“張らない”というのがある。サイドラインに張らず、前線に張らない。張ってパスを待つのは仲間に任せ、自分は下がったりサイドに流れたりしてスペースを見つけてボールをもらい、張っている仲間へ出す。

欧州予選をグループ2位で終えたトルコは、プレーオフ準決勝でルーマニア(1-0)を、決勝でコソボ(0-1)を下してW杯へ。ギュレルは準決勝で左SBフェルディ・カドゥオール(ブライトン)の決勝点をアシストした(写真)

 攻撃の主な役割は4つある。最重要なのは、①カウンター時の決定的なパサー。仲間が奪い返したボールを下がったりサイドに流れたりの例のポジショニングでもらい、仲間が裏へ飛び出す絶妙のタイミングでパスを出す。通ればGKとの1対1を演出できる。これはレアル・マドリーでもキリアン・ムバッペを1対1にしてムバッペ=ギュレルのホットラインと呼ばれたものだ。アトレティコ・マドリーにおけるアントワーヌ・グリーズマン(7月からオーランド・シティに加入)、アルゼンチン代表における晩年のリオネル・メッシと同じ役割である。

 実はトルコ代表はレアル・マドリーと同じ問題を抱えている。守備が弱く前からボールを奪い返せずラインが下がりなかなかボールを持てない(その守備の弱体化に代表でもクラブでもギュレルは大いに“貢献”している)。そんなボール支配的劣勢、スペース支配的劣勢を一挙に引っくり返す必殺のカウンターの仕掛け人がギュレルなのだ。

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Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。

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