地方クラブは育てて勝てるのか?――宮本功社長が明かす宮崎発「全振り育成経営」の真実
Jプロビンチャの挑戦 第2回(前編)
「プロビンチャ(Provincia)」とは、イタリア語で「地方の中小クラブ」を意味する。その言葉が生まれたイタリア・セリエAでは、名将ガスペリーニの戦術と「育てて売る」クラブ戦略が合致したアタランタがCLの常連となるまでに飛躍した。「地域を豊かにする活動」を理念の1つとして掲げているJリーグは全国各地に60のクラブを抱えているが、Jプロビンチャが生き残っていくための術、さらにはアタランタのように国外へと羽ばたいていくクラブは現れるのだろうか?――最前線で闘う経営者たちと一緒に議論してみたい。
2024年、テゲバジャーロ宮崎はオーナーをいちご株式会社とし大きな転換点のシーズンを迎えた。経営と強化を一体化させ、限られたリソースを若手育成へ“全振り”する決断。そしてわずか2年でJ2昇格を果たす。地方クラブは、本当に“育てて勝てる”のか。宮本功社長が語る、宮崎発「全振り育成経営」の舞台裏に迫る。
裸の実力が問われる場所へ
――あらためて、この度はJ2昇格おめでとうございます。
「ありがとうございます。今回、こういう機会をいただいて本当に感謝します。自分も地方クラブに携わるのは初めてでしたが、歯応えがありますね。自分はこれまでセレッソ大阪や横浜F・マリノスで仕事をしてきましたが、そこでやってきた仕事はブランド力が強かったのだとあらためて思います。ここでは自分の裸の実力が問われている」
――なるほど。今回はその辺りのリアルな肌感覚を覗えればと考えています。テゲバジャーロ宮崎は昨季、初めてJ2昇格を決めました。現地の反響はいかがでしょう?
「今まさにクラブにお祝いのお花がたくさん届いているんです。今回、宮崎の皆さんの意識がどんどん変わっていったと思います。宮崎には今までプロスポーツクラブがなく、県民を挙げて応援するのは高校野球や高校サッカーなどでしたが、昨季のJ1昇格プレーオフの2試合を放映したNHKの世帯視聴率が10%を超えたんです。14時のデーゲームだったのに10%超えは快挙だと思います。県民の皆さんが自分事のように喜んでくれたという証拠だし、それが本当に嬉しかった」
――昨季の1年間はテゲバジャーロにだんだんと人が集まっている最中、という印象を受けました。
「そうですね。2025年シーズンのゴール集を見返しても、ゴール裏の人数が随分と変わっていっているし、後半戦の方になるにつれてゴール裏のスペースがどんどん埋まっていっているんです」

最初に決めた「育成一本化」という覚悟
――それだけのうねりができて昇格していった、と。あらためて、テゲバジャーロ宮崎が躍進するまでの歩みを振り返らせてもらえればと思います。2024年2月に宮本功氏の社長就任が発表され、同じ時期に大熊裕司監督が就任、また、いちご株式会社の100%子会社である『株式会社宮交シティ』が株式会社テゲバジャーロ宮崎の全株式を取得し、オーナーシップを取得したのは2023年12月でした。これらの動きにはあらかじめ描いていた“絵”があったのだと思いますが、その辺りから教えていただけますか?
「もともと『株式会社宮交シティ』はテケバジャーロのユニフォームの鎖骨にスポンサードしていたんです。テゲバジャーロの事務所兼オフィシャルショップも株式会社宮交シティが運営する『宮交シティショッピングセンター』の中にありました。そんな中、前のオーナーの会社さんがテゲバジャーロを譲ろうと動かれている中、いちごグループの株式会社宮交シティが譲り受けることを決めたという流れです」
――宮本社長はそもそもいちご株式会社に関わられていた。
「僕は横浜F・マリノスの一般社団法人F・マリノススポーツクラブの代表理事を務める傍ら、いちご株式会社のスポーツビジネスの分野に関わっていました。2024年1月31日までF・マリノススポーツクラブの代表理事の仕事を務め、2月1日から宮崎にやってきました」
――テゲバジャーロ宮崎の社長に就任し、C大阪アカデミー時代からの盟友である大熊裕司監督にチームの指揮を託しましたが、どういう考えがあったのでしょう?
「当時のテゲバジャーロはJリーグ参入3年目が経過していましたが、勢いはあってもまだ地域に根づいておらず、JFLに降格しそうになっていました。オーナーであるいちごの『心築』という経営方針からすれば、お金で選手を集めて強くするという方向性はマッチしないと捉えていたし、持続可能なクラブになるためには若い選手を育てながら強くなっていく方法しかないと思っていました。だから、選手を育てられる、鍛えながら勝てる指導者を揃えたんです」
――大熊監督にお願いするのは絶対だったと。
「大熊の選手を育てる力についてはサッカー界全体でも評価されているし、僕が知る限りでナンバーワンの人材です」
――2017年頃、フットボリスタがセレッソ大阪のアカデミーダイレクターを務めていた大熊さんにインタビューをしていましたが、それを読んで育成に関して非常に高い見識をお持ちの方だという印象がありました。当時から選手の価値を引き上げる方法や仕組みを試行錯誤されていて、当時あったU-23チームも『トップチームのセカンドチームではなく、アカデミーの頂点に置くことが重要』と力説されていたことが印象深いです。
「その当時、私はU-23を運営する社団法人の代表理事を務めていて、大熊が理事兼アカデミーダイレクター、そしてU-23の監督を務めていたのですが、最終的にU-23はJ3で5位に入りました。DFラインの4選手は全員が16歳だったんです」
――それはすごい。
……
Profile
鈴木 康浩
1978年、栃木県生まれ。ライター・編集者。サッカー書籍の構成・編集は30作以上。松田浩氏との共著に『サッカー守備戦術の教科書 超ゾーンディフェンス論』がある。普段は『EL GOLAZO』やWEBマガジン『栃木フットボールマガジン』で栃木SCの日々の記録に明け暮れる。YouTubeのJ論ライブ『J2バスターズ』にも出演中。
