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「データ×アカデミズム」新たな分析メソッドの可能性

2019.10.10

近年の欧州サッカーではアカデミック化が加速しており、その波はデータ分析の分野にも及んでいる。「データ×アカデミズム」 が生み出す最新の分析手法について、慶應義塾大学大学院理工学研究科で「ボロノイ図を用いたサッカーの守備構造評価」の研究をしていた白戸豪大氏に解説してもらった。

 パフォーマンス向上――洋の東西を問わず、すべてのサッカー関係者が目指すのが、今日の相手を超えること、そして昨日の自分を超えることだろう。そのためには正確な現状把握、つまり目の前の現象を正確に捉えることが必要である。しかし、サッカーの「データ化」は簡単ではない。現象の裏に隠された意図や理論を読み取るとなるとなおさらである。サッカーの複雑性は現状把握を難しくする理由の1つだ。広大なピッチ上で計22人の選手が動き回る自由度の高いスポーツである上に、結果を左右するゴールが決まる頻度がとても低いため、勝利に繋がる要素を特定することは大変難しい。

 サッカーに通じる者であれば、現象を見ただけで分析に必要な情報を抜き出せるかもしれない。しかし、経験による抽象化は極めて属人的であり再現性が低い。その対極にあるのがアカデミックな取り組みだ。学問は難解に思われることもあるが、分解してみると一つひとつはごく簡単な要素からできており、誰にでも再現可能なメソッドでもある。そして、基礎的な部品を組み合わせることによって、一つひとつの部品からは想像もできないような価値を創造できるのが学問の美しさだ。

 本稿では、サッカーとアカデミックな世界が交わることで生まれた新たな分析メソッドの可能性について掘り下げてみたい。

トラッキングデータとエントロピー

 サッカーは自由度の高さから様々なアナロジーを用いて語られ、ネットワーク分析経済学幾何学など様々な学問から研究される学際的なスポーツである。

 例えば、サッカーを「人と人、場所と場所の繋がりを持つスポーツ」という視点で見れば、ネットワーク分析を用いることが可能になる。その結果、チームの中でハブとなる選手や、チームが頻繁に用いる攻撃経路の特定に繋がるという寸法だ。前者は点中心性、後者はグラフ理論の最短距離などを用いて求めることができる。

 現代において、統計学と情報学が重要な存在であることはサッカーにとっても変わらないが、それは単純に試合のスタッツが重視されるようになったという意味ではない。例えば下図は、選手が1試合でたどった軌跡と、それを元に推定される選手のポジションマップを可視化したものである。推定には、選手の実際の位置データとエントロピーという情報理論の道具が用いられており、経験や印象を頼りにする分類とは本質的に大きく異なる。

上Fig2. a 下Fig4. d。エントロピーを用いると膨大で複雑なトラッキングデータから選手のポジションの推定が可能になる(出典:http://www.yisongyue.com/publications/icdm2014_soccer_formation.pdf)

 これらの学問は数十年、場合によっては数百・数千年の歴史からなる知識の結晶である。先人が残した知見を生かす――アイザック・ニュートンの言葉を借りれば、巨人の肩に乗る――ことによって科学は人類が到達したことのない高みにたどり着くことができ、それはサッカーも例外ではない。

革新的な予測モデル「ゴースティング」

 学際的な取り組みが進む背景としてトラッキングデータの普及がある。技術の発達により高頻度の位置情報が取得できるようになり、そのデータを用いた新しい分析が可能になった。分析の種類は大きく分けて2つ、「描写」と「予測」である。

 1つ目の「描写」とは選手やチームのパフォーマンス評価を指す。被シュート数や失点数といった「従来指標」は粒度が粗いため、パフォーマンスをより正確に表現できる指標が求められていた。シュートがゴールとなる確率を表す「ゴール期待値」はトラッキングデータから作られる指標の代表例であり、シュートの種類や守備選手やゴールの位置といったシュートの状況を考慮できるのがメリットだ。

 一方で、シュート以外にもチャンスとなるシーンはある。相手の守備を崩し危険なスペースを作ることができれば、たとえシュートには至らなくとも相手に脅威を与えられる。スペースの計算はパフォーマンスを評価するための新たなトレンドになりつつある。縦105m×横68mのピッチに22人の選手がプレーするサッカーでは、ファイナルサードのみを守ると仮定しても1人あたりバレーボールコート以上の面積をカバーしなければならず、理論上すべてのスペースを埋めることは不可能だ。ゆえに試合を支配するには「スペースの攻略」が必要不可欠になる。スペースの計算には、ボロノイ図や空円、位相的データ解析といった幾何学の理論が用いられており、そのスペースの危険度の定量化も試みられている。

 例えば、図中に青点で示される選手の配置を用いて、点線で示されるボロノイ図を作ったとする。すると、選手を囲む多角形(ボロノイ領域)は、その選手にとってチーム内で最も近い地点の集合となり、パーソナルな守備領域と考えることができる。また、その守備領域は点線(ボロノイ辺)によって分割されており、多角形の頂点(ボロノイ頂点)は3人以上選手の守備領域が交わる点である。多角形の頂点は3人以上の選手から等しい距離にあり守備につく担当が曖昧になるため、スペースのある守りづらい場所となる。ここで、ボロノイ図が持つ空円性という性質を利用すると、図中で示すような構造上で穴となるスペースを計算することができ、守備構造の評価に応用できるというわけだ。

 2つ目の「予測」とは、特定の状況下における選手の振る舞いの予測を指す。米ディズニーリサーチがMITスローン・スポーツアナリティクス・カンファレンスで2017年に発表した「ゴースティング」は、機械学習を用いた革新的な予測モデルである。これは実際のプレーに対して「このチームであればこのように振る舞っていただろう」という予測だ。下図はフルアム(赤)の攻撃に対する守り方を①スワンジー(青)、②プレミアリーグ平均のゴースト(白)、③マンチェスター・シティのゴースト(白)で比較したものである。①スワンジーの選手と②リーグ平均のゴーストはどちらも自陣で待ち構える守備をしており、失点確率もそれぞれ69.1%、71.8%と、大きな違いは見られない。一方で、③マンチェスター・シティのゴーストはボールホルダーに対して果敢にチャレンジをしており、失点確率は41.7%と大幅に改善されている。このようにトラッキングデータを用いた予測によって、細かい粒度で守備戦術や選手の振る舞いの評価・比較をすることが可能になった。

機械学習を用いた予測モデル「ゴースティング」の一例。実際の選手の軌跡をリーグ平均、特定チームなどと比べられる(出典:http://www.yisongyue.com/publications/ssac2017_ghosting.pdf)

学問としてのサッカー。体系化に必要なこと

 競技のトレンドを最も支配するのはルールだが、データ分析の結果、チームや選手の振る舞いが大きく変わることもある。野球界では少なくとも2回、そのような変化が起こった。映画『マネーボール』で有名になったセイバーメトリクスは、選手の成績を統計的に分析することで選手のパフォーマンスや戦術を客観的に評価する手法である。また、技術革新によりボールのトラッキングが可能になると、打球速度・角度と長打の関係が発見され「フライボール革命」という一大ムーブメントに繋がった。これらはどちらも伝統的な野球の価値観を揺さぶる大きな変化である。

 翻ってサッカーでは、データによるエポックメイキングな戦術トレンドの変化は起きていない。しかし、トラッキングデータを利用した研究は着々と進められており、今後データ分析が戦術トレンドを変えることは十分あり得る。そのためには、現場レベルのサッカーの知見が発散しないように体系化するシステム作りが必要だ。つまり、サッカーを1つの学問として確立させるということだ。それにはアカデミックな取り組みが大いに役立つであろう。もちろん実データは現場からしか手に入れることはできず、経験者でしか知り得ないような知見も存在する。重要なのは「アカデミックか現場か」の二者択一ではなく、両者が支え合い混ざり合いながら、サッカーがより魅力的なスポーツへと向かっていくことである。

Photo: Getty Images

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戦術

Profile

白戸 豪大

1994年沼津生まれ、浦和育ち。フランスのグランゼコールを卒業後、ドイツの博士課程でサッカーデータを対象にビジュアル分析の研究をしている。ポッドキャスト番組「フットボールしぶっ!」を運営中。

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