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J2昇格目前の藤枝MYFC。ホームタウンは「日本のシェフィールド」?

2022.11.15

いわきFCの優勝&J2昇格が決まったJ3では、残り1つの昇格枠をめぐる争いが繰り広げられている。11月13日の第33節で2位の藤枝MYFCが勝利したことで(3位以下とは勝ち点3差だが、得失点で15開いていることもあり)、最終節を前に昇格が濃厚になったと言っていいだろう。地域サッカーを追い続ける宇都宮徹壱氏が藤枝MYFCの過去と現在、そして来季に思いをはせる。

来季のJ2は静岡ダービーが乱立!?

 「そうかあ、来年のJ2は静岡のクラブが3つもあるのか!」

 そんな詠嘆ともぼやきともつかぬツイートを見かけた。J1からは、清水エスパルスとジュビロ磐田が同時で降格してくる。そしてJ3からの昇格が濃厚なのが、2009年設立の藤枝MYFCだ。

 藤枝は11月13日のJ3第33節のホームゲームで、福島ユナイテッドFCに3-1で4試合ぶりの勝利を収め、勝ち点を66に積み上げて2位をキープした。3位(鹿児島ユナイテッドFC)と4位(松本山雅FC)の勝ち点差は3ポイント。数字上では逆転の可能性もあるが、最終節で鹿児島は15点差、松本は17点差以上で勝利するのが絶対条件となる。藤枝のJ2昇格は、事実上決まったと言って差し支えないだろう。

J3第33節、福島戦のハイライト動画

 トップリーグから姿を消したとはいえ、それでも静岡の「県技」がサッカーであることに変わりはない。清水と磐田に藤枝が加われば、静岡のサッカーの風景は、これまでとは少し違ったものに見えてくるだろう。それはすなわち「サッカーのまち」藤枝が、これまでになく注目されることを意味する。

 後述するように、藤枝は古くからの「サッカーのまち」であった。それが長く埋もれた状態となってしまった原因が、実はJリーグ開幕であったというのは「歴史の皮肉」と言う他ない。

 清水はJリーグ開幕(1993年)に名を連ねたオリジナル10の1つ。翌94年には、磐田もJクラブとなっている。同じ年、藤枝でも1982年創設の中央防犯サッカー部を「藤枝ブルックス」と改称、将来のJリーグ入りを目指す姿勢を鮮明にしていた。だが、このムーブメントはその後、意外な方向に流れてゆく。

 ホームスタジアムに予定していた、藤枝総合運動公園サッカー場の完成予定が2002年であったことに加えて、すでに県内には2つのJクラブがあったため、ブルックスは県外への移転を決断。受け入れ先は、遠く九州の地であった。

 1995年、ホームタウンを福岡に移転して「福岡ブルックス」となり、翌96年には「アビスパ福岡」となってJリーグ入り。出ていかれた藤枝にJクラブが誕生するのは、J3が創設されて藤枝MYFCがオリジナル・メンバーに加わる2014年のことである。もっともそれは、藤枝市民にとって「悲願」でも「念願」でもなかった。

なぜ藤枝は「日本のシェフィールド」なのか?

 ここでfootballista読者の皆さんにクイズを出したい。

 フットボールの母国は、言うまでもなくイングランド。では、世界最古のフットボールクラブが生まれた都市はどこか、ご存じだろうか? ロンドン? リバプール? マンチェスター?……

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シェフィールドFC文化藤枝MYFC

Profile

宇都宮 徹壱

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。2010年『フットボールの犬』(東邦出版)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、2017年『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)でサッカー本大賞を受賞。16年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(https://www.targma.jp/tetsumaga/)を配信中。