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サンフレッチェ3年目のキャンプ、スキッベ監督が体現する「フィジカルトレーニングの再定義」

2024.02.15

サンフレッチェ情熱記 第9回

1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始し、以来欠かさず練習場とスタジアムに足を運び、クラブへ愛と情熱を注ぎ続けた中野和也が、チームと監督、選手、フロントの知られざる物語を解き明かす。第9回は、3年目のスキッベ監督がキャンプで行った「最初から最後まで、ほぼ実戦形式」によるフィジカルトレーニングについて掘り下げる。

 ミヒャエル・スキッベ監督は2月10日、新スタジアムのこけら落としとなったG大阪戦後の記者会見でこう言った。

 「ここまでのキャンプでは、いい成果があった。(1年間を闘う)体力と持久力強化中心のメニューだったが、ここからはもう少し『速さ』を磨いていこうと思います」

 この場にいた記者たちのほとんどは、キャンプのトレーニングを見ていない。だから、この言葉の中に含まれた衝撃的な意味は、わかっていなかった。ただ、宮崎キャンプを見てきたサンフレッチェ担当記者たちは、目を丸くしていた。もちろん、筆者も含めて。

「初日から紅白戦」=フィジカルトレーニング?

 1月15日~2月6日までの長期にわたった広島の宮崎キャンプで、いわゆる体力増強のため「だけ」のメニューで終始した日があったかと言われると、筆者には記憶がない。広島のキャンプは初体験となった加藤陸次樹が「初日から紅白戦をやるなんて。噂には聞いていたが、驚きました」と語ったように、このキャンプは最初から最後まで、ほぼ実戦形式のトレーニング。持久走もなければ、シャトルランのようなインターバルトレーニングもない。

 60mのスプリントトレーニングをやっているのは見ているし、毎回のトレーニングのスタートから約30分は、磯部峰一フィジカルコーチ指導の下で肉体強化やコンディショニングのための練習メニューもある。だが、持久力強化や体力アップのために特化したトレーニングだけを徹底し、ほとんどボールを使わない練習に終始することは、なかった。

左から柏好文、ロアッソ熊本の織田秀和ゼネラルマネージャー、野津田岳人、磯部峰一フィジカルコーチ(Photo: Kayo Nakano)

 なのに監督は「体力増強がキャンプの目的だった」と語った。それは1月15日のキャンプ初日に話を聞いた時も同様だった。

 では、何をもって指揮官は「体力増強が図れた」と語ったのだろう。

 その答えは、かつて森﨑和幸が語っていた「サッカーの体力は、サッカーでしか身につかない」という言葉にある。

 スキッベ監督はこのキャンプで多くの時間を実戦形式のトレーニングに使った。それもいわゆる「ミニゲーム」ではなく、ほとんどがフルコートだ。

 昨シーズンの終盤、肉体に大きなダメージを負いながらやっていた選手(佐々木翔や満田誠)や足首のクリーニング手術を受けたドウグラス・ヴィエイラ、さらに昨季終盤に手術を受けた大迫敬介や膝を負傷したイヨハ理ヘンリーといった選手たちは別メニュー。後に川村拓夢や野津田岳人、マルコス・ジュニオールらも負傷によって別メニュー調整となったが、その他の選手たちは全員、フルコート(もしくは2/3コート)でずっと「サッカー」をやっていた(イヨハとマルコス・ジュニオール、大迫を除いた選手たちは、1月29日からの2次キャンプで復帰している)。12対12、時には13対13になることもあったが、とにかくゲーム、またゲーム。そしてその間、指揮官がプレーを止めることはなかった。

指示はなくとも、自然と「走る」オーガナイズ

 トレーニングをやっている間、指揮官からの戦術的な指示はほとんどない。「前から(相手のボールホルダーに)当たりにいこう」といった、広島にとってはもはや「アイデンティティ」(存在意義)といっていいコンセプトの提示くらいで、細かな指導は(少なくともピッチ上では)なかった。

 ただ、その「前から当たりに行く」という指示によって、選手は自然と「走る」ようになる。普通の紅白戦から、FWはDFやGKに向かって走り、ボールを奪いに行く。連動して後ろは次々と前に向かって走り、CBもラインをあげる。当然、裏を狙われるから、切り替えを早くしてスプリントで戻らないといけない。

 自然と走る。しかもフルコートなので、選手は50〜60mのスプリントを何度も強いられるし、場面によっては無酸素ではなく、自然と有酸素運動の状態にもなる。サッカーにとって必要な「急発進」「急停止」「急転回」という様々な「急」が襲ってくるから、筋肉にも負担がしっかりとかかってくる。

 サッカーというスポーツは強度が高い。あらゆる球技の中でも身体への負担はトップクラスで、だからこそ試合後は休養を必要とする。競技そのものの強度が高く、必要とされるフィジカル能力も独特だから「サッカーの身体はサッカーでつくる」という言葉は説得力を増すのだが、一方で長いオフ明けからいきなり高強度のトレーニングを行うことは、肉体を壊すリスクがある。当然のことだ。

 ただ、広島の選手たちはもう、スキッベ監督のやり方に慣れている。シーズン中も公式戦を闘った後は2日休み、オフ明けに紅白戦をやることなど、ざらだ。だから選手たちは自分の身体を守るために、しっかりと身体のケアとリカバリーを自分たちで行っている。

 このキャンプでも同様だ。チームからは磯部コーチが構築したトレーニングメニューを選手に渡してはいるが、やるのはプレーヤー。もし準備を怠れば容赦なく置いていかれるのが、ミヒャエル・スキッベ監督のチーム。本当の意味でのプロ意識が試される。

……

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Profile

中野 和也

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。

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