REGULAR

サンフレッチェの「サイドの帝王」柏好文、「勝者のメンタリティ」の源泉

2023.06.15

サンフレッチェ情熱記 第2回

1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始し、以来欠かさず練習場とスタジアムに足を運び、クラブへ愛と情熱を注ぎ続けた中野和也が、チームと監督、選手、フロントの知られざる物語を解き明かす。第2回は、クラブ在籍10年目・35歳にしてなお衰えない柏好文の「勝者のメンタリティ」の源泉に迫る。

 その日、柏好文はミックスゾーンを無言のまま、歩き去った。

 試合に出ていない選手に対しては、よほどのことがない限り、声をかけない。筆者が課している不文律ではある。試合後はその試合に関わること、次に向けてのことを取材のテーマにするべきだと考えている。試合レポートなどは特に、実際に試合に出た選手の感覚を優先させたいと思っていて、試合に出ていない選手に対しては試合日以外に聞けばいい。

不文律を破ってでも、彼の言葉が聞きたかった

 6月11日、等々力競技場で行われた川崎F戦で、柏は90分間をベンチで過ごした。

 負けたからこそ、ここは彼に話が聞きたい。ベテランにチームの現状と打開策を聞きたい。こういうネガティブな状況で発する柏の言葉は過去、千金の重みを感じてきた。ただ一方で、不文律には従わないといけない。そんな葛藤と闘いつつ、この日の試合を語るために不可欠なエゼキエウに取材していた。その間に、柏はミックスゾーンを通過。試合出場がかなわなかったベテランに声をかけて取材する記者は、いなかった。

 6試合で2勝4敗。神戸・名古屋・浦和・川崎Fと実力チームにことごとく、広島は敗れた。試合内容はいずれも拮抗し、あるいは上回り、名古屋戦・浦和戦は先制もできた。なのに、紫の軍団は敗れた。

 だからこそ、柏の言葉に救いを求めたかった。どんな時でも前向きで、どんな状況におかれても下を向かない、頼もしい男との話で現状打破のために何を、どう考えればいいか、道筋を見つけたかった。

 なりふり構わずにラインを下げ、1点を守ろうとした川崎の姿はかつての王者の余裕はない。ただ、それでも勝ち点を奪取しようとする執念に屈した。どちらが「勝者のメンタリティ」を持っているか、そこには議論の余地はない。

プロキャリアをスタートさせたヴァンフォーレ甲府時代の2011年からシーズンを通して25試合以上のリーグ戦に出場している柏だが、今季は第17節終了時点で3試合のみの起用にとどまっている(Photo: Kayo Nakano)

 勝者のメンタリティとは、努力して持てるものではない。勝利という現実の積み重ねで、そしてタイトルを取ることによって、初めて獲得できる。勝つために必要なメンタリティではあるが、勝たないと、勝ち続けないと、それを手にすることができない。極めて矛盾してはいるが、それが現実である。

 「勝利のためにすべてを投げ打ち、どんな苦境にあったとしても、何よりも勝つことを追求する」。川崎や横浜FMが持っているこのメンタルを、かつては広島も持っていた。だが今は、その繊細な精神性を引き継いでいる選手たちは限られている。昨年、ようやく紫の戦士たちは「勝利の喜び」と「タイトル獲得の難しさ」を体感したが、その精神性はまだまだ横浜FMや川崎の域には達していない。

 その中で、柏は今も「勝者のメンタル」を持ち続けている男だと言っていい。どんなに辛く、厳しい状況にあっても、彼は常に前を向く。悲観したり、現状を否定したり、自分に対してもチームにも、ネガティブな言葉は決して口にしない。

 例えば今季、彼は第4節G大阪戦(3月12日)から第14節名古屋戦(5月20日)まで10試合連続してベンチを外れた。ケガによる長期離脱を除いて、これほどの長期間にわたってベンチから外れたのは、10年間におよぶ広島でのプレー期間で初の出来事。昨年までJ1通算出場335試合を数え、32得点を記録した「サイドの帝王」にとっては、屈辱以外の何ものでもない。

 それでも、僕は彼の言葉を欲していた。広島移籍後の10年で初めて、こういう苦境を迎えたベテランの気持ちを知りたかった。

 5月10日、リーグ戦ベンチ入りの雰囲気もなかった彼に対して、僕は声をかけた。

 「ちょっと、いい?」

 「ああ、いいっすよ」

 柏は笑顔で、取材に応えた。

 「今はチーム状態もいいですし、自分自身もいい状態にはきている。チャンスは必ずくると思うし、そう考えて常に準備はしています。ここ数カ月、ずっとメンバー外ではありますが、僕みたいな立場の選手たちからチームに力を還元できるようになれば、このチームはまたさらに1つ、上に行けると思います。実際、今も上位陣に食いついていけるだけの力はついていると思うので。

 まあ、ベンチ外が続くことも、この世界だったらあることですからね。当然、どこかでそういうタイミングがあると思っていました。あれほどのキャリアを重ねてきたアオさん(青山敏弘)も今、そういう立場にいるわけでね。そういう環境の中で、何を見出せるか。そこもね、(自分自身が)また一つ成長できるチャンスなんですよ。そこがまたね、(プロサッカーでの)楽しみだとは思う。こういう状況でもサッカーができることに対しての喜びだったり、感謝っていうのは常にあるわけでね。

 より長くサッカーをやっていきたいし、こういうところを乗り越えたい。そのために、いろんな角度から考えることもありますし、そこから自分自身がチームに還元できることっていうのもある。試合に出ていなくても、できることがあると思います。例えば(自分の姿勢によって)若い選手にいろんなことを伝えていくことも、その1つ。そういうところも考えながら、やれればいいかな」

2017年、J1残留争いでの「魂」の言葉

 苦境でも、いや苦境だからこそ、前向きに。柏のこのスペシャリティは2017年、J1残留争いに巻き込まれた年にも、発揮された。……

残り:5,923文字/全文:8,320文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

Profile

中野 和也

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。

RANKING