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ジャーナリズムの不文律とは何か?日本が学ぶべきバルセロナの広い懐

2022.06.05

『バルサ・コンプレックス』発売記念企画#7

4月28日に刊行した『バルサ・コンプレックス』は、著名ジャーナリストのサイモン・クーパーがバルセロナの美醜を戦術、育成、移籍から文化、社会、政治まであますところなく解き明かした、500ページ以上におよぶ超大作だ。その発売を記念して、ペップ・グアルディオラをはじめとするクラブ関係者への取材経験も豊富な本誌でもお馴染みのジャーナリスト、スペイン在住の木村浩嗣氏に書評を綴ってもらった。

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著者はファン?アンチ?バルサ本の見分け方

 この本の一番素晴らしいところは、“バルサ本”でありながら“バルサファン”によって書かれていないところだ。

 クライフ、グアルディオラ、メッシは個としてそれぞれ強烈な求心力を持つ。

 サッカー記者として特定のチームのグッズは持たないようにしているが、恥ずかしながら唯一、壁に貼っているのが、『フットボリスタ』の付録だったクライフのポスターである。髪型が、体型が、髪型が、垂れ気味の目が、鼻筋の通り具合がカッコいいのだが、それらに輪をかけて佇まいの超然ぶりがカッコいい。試合のいちシーンなのだが、そう見えない。足下のボールを見ず、中空を眺めている。宗教画のキリストのようである。加えて、反フランコ的なロックな人生もカッコいい、と思っていたら、これは著者によれば神話だということだった……。

書籍や雑誌の表紙を飾ることも多い、選手時代のクライフ。写真は『フットボリスタ第68号』で使用したもの

 そして、彼ら3人のうちの2人、グアルディオラとメッシが直接的に関わったグアルディオラのバルセロナは、チームとして最高に面白いサッカーをしてくれたことに疑いはない。

 もうあれ以上のプレーをするチームは現れないだろう、と思っている。フォーメーションなど無関係に誰がどこでプレーしているのかボールが来るまでわからず、取材時にメモが取れない「秩序のあるカオス」は、間違いなくグアルディオラの頭の中から生まれたもの。彼の突きつける難問は解けない。私とは頭の構造が違うのである。「最適なポジショニング」という概念を学び、そのごく一部のごく一部を自分の指揮していた少年チームで実践するのが目標だった。

 また、メッシが自分が生で見たサッカー史上最高の選手であることにもまったく疑いはない。

 「ロナウドが……」と言ってくる人がいるが、私にとってクリスティアーノよりもデ・リマの方がはるかに衝撃的な選手であり、そっちのロナウドよりもメッシが上である。理由は「メッシが11人のチームの方がロナウド11人のチームよりも強い」で十分だろう。

熱く抱擁を交わすメッシとグアルディオラ

 というわけで、魅力にあふれるバルセロナのファン(支持者、共鳴者と言い換えてもいい)としての立場から書かれた本があふれるのは、必然である。

 ファンであればクラブも警戒心を解きやすいというメリットもある。愛があるからこそ迫れない核心に迫れた、ということもあるだろう。読者もファンである場合は、熱いハートが共鳴し合うということもあるに違いない。

 だが、愛は盲目である。愛するゆえに悪い部分に目をつむりたくなる、というのはとても理解できる。

 往々にしてファンによる本は、愛する者の悪いことが書かれていない。書かれていてもボカされている。これは敵対者による本にも共通する。こっちは憎さに任せて悪いことばかり書かれている。良いこともあるはずなのに、あえて目をつむっている。

 だから、バルサ本は著者のプロフィールを特に念入りに確認する必要がある。この人はファンなのか?アンチなのか?

 スペインには『スポルト』というファン紙と『マルカ』というアンチ紙があり、どちらの記事も私なりのフィルターを通して読む癖が身についた。応援も非難も40%くらいトーンダウンしたところに真実がある感じだ。

 しかし、この『バルサ・コンプレックス』にはそうした手間は一切必要ないと、すぐにわかった。名著『サッカーの敵』(白水社)の著者だからではない。比較的よく知られている良いことと一緒に、あまり知られていない悪いところもきちんと書かれていて、後者が私自身が取材活動で見聞きしていたことと一致していたからだ。

クライフ、グアルディオラ、メッシの影

 在野に下ったクライフがクラブを揺さぶっていたのは事実である。

 2003年、ラポルタが新会長に選ばれる直前、バルセロナで取材していた私は、クライフがファンクラブの長老方に嫌われていることを知った。彼らが口をそろえたのは「影響力があり過ぎる」。無冠に終わりガスパール会長が辞任。「クラブ史上最大の危機」(といっても今の危機に比べれば可愛いものだが)で揺れるクラブに、クライフは批判の追いうちをかけていた。危機を前に団結すべきバルセロニズモをクライフ派と反クライフ派(前執行部派)に分裂させる張本人だと見られていた。「もう黙っていてくれ」というのが長老たちの本音だった。

……

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Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。

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