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プロ監督が考える「メンタルの強さ」の正体。目標設定、成功体験、選手のパーソナリティ

2021.04.10

書籍『サッカーココロとカラダ研究所』本文特別公開#1

試合の内容、結果に大きな影響を及ぼし得るにもかかわらず、「テクニック」や「戦術」と比べて理解するために必要な視点や知識すらまだ十分に整理されていないサッカーの「フィジカル」と「メンタル」。そんな「未知の領域」について、選手、コーチ、監督という異なる立場からプロサッカーの現場を当事者として経験してきたイタリア人エキスパートのロベルト・ロッシと、 イタリア在住ジャーナリストの片野道郎が様々な角度から掘り下げ、全体像に迫ったのが『サッカー“ココロとカラダ”研究所 イタリア人コーチと解き明かす、メンタル&フィジカル「11の謎」』だ。今回はその中から、特に読んでもらいたい5つのエピソードを特別に公開。カルチョの理論と現場を深く知る2人の「メンタル&フィジカル」の謎を解く旅に、ぜひご同行願いたい。

※選手の年齢・所属等の情報はすべて発行時点のもの

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プロの現場はメンタルをどう扱っているか

片野「サッカーというスポーツをテクニック、戦術、フィジカル、メンタルという4つの側面に分けた時に、最も曖昧模糊としているのはメンタル的な側面ですよね。他の3つの側面はそれぞれ目に見える形で把握し分析することができるし、それを向上させるためのトレーニングメソッドも日々研究され、進歩しています。しかしメンタル的な側面に関しては、個人はもちろんチームとしてのパフォーマンスをきわめて大きく左右する要因であるにもかかわらず、まだ未開拓な部分が多いですよね。『モチベーション』『パーソナリティ』『闘争心』といった言葉によって散文的に描写されることはあっても、科学的なアプローチやメソッドはまだ確立されていないように見えます。ロベルトは長年、選手、コーチ、監督という異なる立場でプロサッカーに関わってきたわけですが、そのプロの現場においてメンタルという側面はどのように位置づけられ、どのように扱われているのか、まずそのあたりから話を始められればと思います」

ロッシ「率直に言うと、メンタルな側面を現場のレベルでどのように扱ったらいいのか、どんなことをすればどんな効果が得られるのかについて、少なくともイタリアではまだ、1つの共通の理解に達してはいない。それもあって、例えばメンタルの専門家をスタッフに加えるということに関しても、クラブやチームの側に、それを受け入れるだけの準備が整っていないというのが現状だね。メンタルコーチや心理学者にサッカーの何がわかるのか、という空気が、現場でもまだまだ強い。最近はようやくコーチングスタッフの中にメンタルコーチという肩書きを見かけるようになってきたけれど、イタリアではまだ絶対的な少数派だと思う。

 テクニック、戦術、フィジカルの3分野に関しては、どんなトレーニングによってどんな効果が得られるという指導と実践のメソッドが、すでにきちんとした形で確立されている。ベースになる考え方や理論によって具体的な内容は異なるけれど、理論的なバックボーンから実際に練習の中で行うエクササイズまで、一貫した筋道があるからね。

 ところがメンタルな側面に関してはそうはいかない。インプットとアウトプットの因果関係が一定じゃないし、誰にでも納得できるような形で示すことができないんだ。もちろん、メンタルな側面というのはチームにとってものすごく重要だから、監督がそれを無視することは不可能なんだけれど、それはフィジカルな側面のように専門のコーチに委ねる領域じゃなく、監督自身がマネージするべき領域だと考えられている。『監督は優秀な心理学者でなければならない』という言い方がされることもよくあるしね」

片野「実際、メンタルな側面は、個人はもちろんチームとしてのパフォーマンスをきわめて大きく左右する要因ですよね。にもかかわらず、まだプロの現場においてもそこにアプローチするための考え方やメソッドは、まだ確立されているとは言えないと」

ロッシ「監督の仕事はピッチ上で勝利という結果を実現することにあるわけだけれど、そのためにはチーム、選手の精神的な側面に対しても、結果を得るために有用なインプットを行う必要がある。環境や条件を整えたり、刺激を与えたりという形でね。

 個人的には、ピッチ上で最も大きな違いを作り出すのは、メンタル的な側面だと考えている。もちろん、技術、戦術、フィジカルが高いレベルに保たれていることは大前提だよ。しかしたとえその3つの側面が傑出していたとしても、メンタルな側面が不十分なレベルにしかないチームが結果を残すことは難しい。国内カップのように、リーグ戦や欧州カップと比べて重要性が低いと考えられている試合で、しばしば格下のチームがジャイアントキリングを起こすのはその証明だ。これはモチベーションの高さというメンタル的な側面が決定的な違いにつながったわかりやすい例だろう。

 また、どれだけ高い戦力を備えたチームであっても、選手全員が自分の利害よりもチームの利害を優先しチームの勝利のために結束して戦わなければ、決して結果を勝ち取ることはできない。主力選手が監督と対立したりチームの内部で分裂が起こったりして、目を覆うようなシーズンを送った強豪チームはたくさんある。これもメンタル的な側面がいかに重要かを示すいい例だ。

 チームではなくプレーヤーにとっても、メンタルな側面はきわめて重要だ。私は選手としてはセリエB止まりだったが、ザッケローニ監督のスタッフとしてラツィオ、インテル、トリノというセリエAのクラブを経験し、トップレベルの選手たちを見てきた。監督・コーチとしては、1部リーグから5部リーグまですべてのカテゴリーを経験した。その中で例えば、テクニックや身体能力だけならばセリエAでプレーしてもまったくおかしくない才能を持っているにもかかわらず、それをチームの戦術の中で発揮することができなかったり、あるいは試合の中でコンスタントに発揮できずパフォーマンスに非常に大きなムラがあったりする選手が、下部リーグでくすぶっている例をたくさん見てきた。

 セリエAに話を限っても、中堅レベルのクラブではエース級の活躍を見せるけれど、ミラン、インテル、ユベントスに移籍した途端結果を出せなくなってしまう選手、代表の舞台では期待を裏切り続ける選手は少なくない。プレッシャーや期待の大きさに押し潰されて、本来の力が出せなくなってしまうんだ。これは大舞台で自分の力を発揮できるだけのパーソナリティが備わっていないせいで起きることで、やはりメンタルな側面に関わる問題だ」

片野「例えば、クラブの生え抜きであるにもかかわらず、ユベントスではついにレギュラーになれず、27歳で移籍したアメリカMLSで得点王やMVPを手にするトッププレーヤーになったセバスチャン・ジョビンコは、そのいい例かもしれませんね」

34歳になったジョビンコ。現在はサウジアラビアのアルヒラルでプレーしている

ロッシ「そうだね。他にもパレルモからユベントスに移籍して4年目を迎えたアルゼンチン代表のパウロ・ディバラにも、そういう気配を感じる。もちろん彼はすでにトッププレーヤーだが、フィジカル能力やテクニックという天から授かったタレントに関しては、ネイマールやグリーズマンと張り合えるレベルにある。にもかかわらずまだ、ビッグマッチで決定的な違いを作り出す絶対的なエースには成長しきれていない。もう少し見守る必要があるとも思うが、もう25歳だからね。逆に、パーソナリティが強過ぎて、常に自分が絶対的な主役だと感じていないと我慢できないタイプの選手もいる。今は引退してしまったアントニオ・カッサーノ、天賦のタレントを無駄にしつつあるマリオ・バロテッリはそのタイプだね」

強烈なパーソナリティの持ち主としてロッシ氏が名前を挙げたカッサーノとバロテッリ

メンタルコンディションの維持

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片野 道郎/ロベルト・ロッシ

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