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「東欧のマラドーナ」が母国でクラブ創設、そして若手を育成

2019.09.01

ビッグクラブではなくヘンクを選んだ英雄の息子

 7月26日のベルギーリーグ開幕戦、ヘンク対コルトレイクでは、今シーズンからヘンクに移籍してきたルーマニア代表MFヤニス・ハジが左足のボレーシュートで決勝点を決め、鮮烈なデビューを飾った。

 彼は、1994年アメリカ・ワールドカップでベスト8に進出したルーマニア代表の中心選手で、かつて「東欧のマラドーナ」と呼ばれたゲオルゲ・ハジの息子である。6月に行われたU-21欧州選手権では母国の10番を背負っていたヤニスは、ベスト4進出の原動力となり、見事に東京五輪の出場権獲得に貢献している。

この夏、ルーマニアからベルギーへと渡ったヤニス・ハジ

 昨シーズン、ヤニスは父ゲオルゲが創設者で監督を務めるビートルル・コンスタンツァでキャプテンを務め、公式戦39試合14得点8アシストと活躍し、今夏はバルセロナ、セビージャ、アヤックスなどから関心が伝えられていた。しかし、ヤニスが新天地に選んだのは、ベルギーリーグ覇者のヘンクだった。ベルギー代表FWレアンドロ・トロサール(→ブライトン)、ウクライナ代表MFルスラン・マリノフスキー(→アタランタ)の後釜として、攻撃の中心となることを期待されたクラブを選択したのだ。

 ヘンクを選んだことにヤニスは「さらに成長できるクラブを選択した。ヘンクは技術的にも戦術的にも優れており、非常にレベルが高い。移籍する前に同郷でスタンダール・リエージュでプレーしたMFラズバン・マリン(現アヤックス)からヘンクとベルギーリーグについて聞いたが、どれもポジティブなものだった」と理由を語った。

次世代の人材育成に尽力するゲオルゲ・ハジ

54歳になったゲオルゲ・ハジ。現在は母国で後進の育成に励む日々

 先に述べたように、ヤニスの父親であるルーマニアの英雄ゲオルゲ・ハジは現在、故郷のコンスタンツァでビートルル・コンスタンツァのオーナー兼監督を務めている。
 
 2001年に現役引退後、古巣のステアウア・ブカレスト、ガラタサライなどで監督を務めた。ほとんどが1年未満の短期間の監督業で苦労していたハジは、新たなアカデミー設立を決意。現役時代に直接指導を受け、ハジに大きな影響を与えたヨハン・クライフの母国オランダの5つのユースアカデミーの訪問から始まり、2009年に自己資金1000万ユーロ(約12億円)を投じて、故郷のコンスタンツァで、自身のアカデミー「ゲオルゲ・ハジ・アカデミー」と、アカデミー卒業生がプレーするトップチームの「ビートルル・コンスタンツァ」を設立したのだ。

 スポーツへの国家支援がなく、自身の出身クラブのファルル・コンスタンツァが凋落する現況に不満を抱いていたハジ。「私は選手として素晴らしいキャリアを積んで成功を収め、非常に満足しているが、それは過去の話。今の私の使命はルーマニアの若い選手たちの夢の実現を手伝うことだ」と話す。ルーマニア語で「未来」を意味するビートルルをクラブの名前にすることを決めた。2014年からは自らトップチームの監督に就任し、16-17シーズンに創設8年目で国内リーグ優勝を果たした。

 また、今年6月にはバルセロナやガラタサライでプレーを共にした義弟のゲオルゲ・ポペスクが会長に、アヤックスで活躍した元代表のゲオルゲ・オガラルがスカウティングディレクターに就任し、かつてのルーマニアの名選手たちが若手育成に力を注いでいる。

「再移籍OP」で利益を得るという考え方

 今夏にはバルセロナ、マンチェスター・シティ、PSGなどが興味を示し、移籍金は1000万ユーロ以上になると見られていたヤニス・ハジだったが、7月に移籍したヘンクが支払った額は400万ユーロ(約4億7000万円)だった。父ゲオルゲは「提示された中で最も安いクラブを選んだ」と発言している。

 ビートルルはルーマニア代表選手を数多く輩出しているが、今回のヤニス・ハジの移籍金が過去最高額であり、それほど高い移籍金は設定していない。選手育成を考慮し、試合出場を重視するため、有名なビッグクラブよりもFCSBやCFRクルージュなどの国内名門や、ベルギーのクラブなどを選択している。同じ400万ユーロでも、莫大な投資ができるビッグクラブと、取引額が小さい国内名門やベルギーのクラブでは、後者の方が試合出場が見込めるのは明確だろう。

 このように移籍先での試合出場を考慮するビートルルは、低い移籍金の代わりに、“再移籍”の際には移籍金の15~30%を受け取れるオプションを付けている。ルーマニア代表MFマリンは、2017年1月にスタンダール・リエージュへ200万ユーロ(約2億3000万円)で移籍しているが、スタンダールから新天地へ移籍する際には移籍金の20%を受け取れるオプションを付けていた。今夏、マリンは1200万ユーロ(約14億円)でアヤックスへ移籍したため、ビートルルはこの移籍により、20%に相当する240万ユーロ(約2億8000万円)を受け取っているということだ。ハジのアカデミー出身のマリンは、今夏にアヤックスからバルセロナへ移籍したオランダ代表MFフレンキー・デ・ヨングの後釜として大きく期待されている注目の選手である。

 この“再移籍オプション”は、欧州ではすでにトレンドとなっている。今夏、フランス代表MFタンギ・エンドンベレはリヨンからトッテナムへ推定8000万ユーロ(約93億円)で移籍しているが、再移籍のオプションによりアミアンSCは1200万ユーロ(約14億円)を受け取っている。フランス・リーグ1でも下位にあたる3600万ユーロ(約42億円)の年間予算で運営するアミアンにとっては、非常に大きな利益だ。

 ビートルルは、ヤニス・ハジの他に、20歳のルーマニア代表FWデニス・ドラグシュを移籍金100万ユーロ(約1億2000万円)でスタンダール・リエージュへ放出しているが、こちらも再移籍の場合は移籍金の30%を受け取れるオプションを付けている。ヤニス・ハジとドラグシュは、新天地の活躍次第では、ビートルルに非常に大きな利益をもたらすことになるだろう。

Photos : Getty Images

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ゲオルゲ・ハジ

Profile

シェフケンゴ

ベルギーサッカーとフランス・リーグ1を20年近く追い続けているライター。贔屓はKAAヘントとAJオセール。名前の由来はシェフチェンコでウクライナも好き。サッカー以外ではカレーを中心に飲食関連のライティングも行っている。富山県在住。