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サガン鳥栖アカデミーの新たな試み。AI分析を育成現場に導入する理由

2020.10.22

サガン鳥栖が描く「AI×育成」の未来像#1】

サガン鳥栖アカデミー・佐藤真一アカデミーダイレクターインタビュー

近年様々なシステムやサービスとして社会に普及しつつあるAI(人工知能)は、将棋やチェスでも活用が進んでおり、その波はスポーツの世界にも押し寄せている。サッカー界でもマンチェスター・シティを筆頭に世界中のクラブがこぞって導入を試みているが、いち早く育成現場での運用を発表したのは日本のサガン鳥栖だった。

すでにユース年代で好成績を収めており、トップチームにも松岡大起らアカデミー出身者を多数輩出している鳥栖は、「育成型クラブ」への転換期にある。その歩みを加速させるべく、2018年1月から提携しているアヤックスに続き、今年5月にはAI企業のLIGHTzとパートナー契約を締結した。名門のノウハウと最先端のテクノロジーの融合はどのような化学反応を起こすのか。新プロジェクトを主導する3人へのインタビューを通じて、鳥栖が描く「AI×育成」の未来像に迫っていく。

今回はAI導入の背景について、長年にわたりサガン鳥栖アカデミーで育成に携わってきた佐藤真一アカデミーダイレクターに話を聞いた。

育成現場が抱える「リソース問題」


――今年5月にサガン鳥栖は、AI企業であるLIGHTzの「サッカー×AI分析プラットフォーム」を導入することを発表しました。その中で「次世代育成での活用」を掲げられておりましたので、まずはアカデミーダイレクターの佐藤さんにお話をうかがいたいです。導入の背景として、育成現場ではどのような課題があったのでしょうか?

 「実は、自チームのビデオ分析をあまり積極的に行えていなかったんです。コーチや監督によってはうまくやれていたかもしれないですけど、アカデミーで一貫して分析することはあまりできなかったですね」


――その理由はなぜでしょうか?

 「スタッフの数は決して多くなく時間にも限りがある中で、対戦相手の分析を優先せざるを得ないことがほとんどで。相手の戦術、システム、選手、弱点の分析と、その日のトレーニング作成に追われてしまっていました」


――ちなみに、各年代にはどれくらいのスタッフの方がいらっしゃるのでしょう?

 「各年代、基本的にはGKコーチも入れて4人ずつですかね。U-12だと2人です。その人数で、まずは映像を撮るところから始まっているので。試合会場に到着するとすぐに、スタッフもしくは選手が次の対戦相手の試合映像を撮る。それを見ながら編集していきます。全国規模の大会だったら、この作業を試合がある次の日までに完了させなければいけない。そうなると対戦相手の分析で精いっぱいです。もちろん自チームの反省として試合を分析して映像を見せたり、フィードバックを選手たちに伝えることはあったんですけど、『もっと具体的に細かく分析したい』という要望がありました。あとは時間の短縮。AIを使えば分析レポートまで自動的に作成されるので、スタッフの作業としては選手への伝え方や見せ方を考えるだけで済む期待があります」

2019年度にはU-15がクラブユースサッカー選手権で2年ぶり2度目の優勝、U-18も同大会で準優勝を果たすなど、近年全国大会で好成績を残し続けているサガン鳥栖アカデミー(写真は2020年度のU-15)


――その規模でビデオ分析を細かく行うのは大変そうですね。アカデミーを統括する立場として佐藤さんは、AI導入をどのように捉えていらっしゃいますか?

 「今まではスタッフが集まって会議で共有していたので、試合ごとの課題やカテゴリーの問題点をリアルタイムで確認しようとすると、それに向けて資料を作ったり映像を見たりしているうちに、みんなの時間がなくなってしまう(苦笑)。そこでAIの助けを借りられれば、すぐに共有できるので大きな武器になると考えています」


――選手個々の情報についてはいかがでしょう? 年代間で共有できていたのでしょうか?

 「そこも人の目に頼る部分が多かったですね。でも、AIを使って映像を残せれば極端な話、僕らがいなくなっても次のスタッフに引き継げるので選手のためになる。もちろん、同じスタッフが同じ選手の成長をそのまま見守っていくこともありますが、スタッフが入れ替わることもあるでしょうし、別のチームからスタッフが来る可能性もあります。映像は言わなくても見るだけでいいですよね。またイチから選手を見ていかなくても選手の状況・情報を共有できるのは大きな武器になります」

アヤックスを参考に「サガン鳥栖モデル」を作成


――年代間で情報を共有するにあたって、共通の評価軸があったりするのでしょうか?

 「僕たちには『サガン鳥栖モデル』というベース戦術があります。それを構築し確立させていく中で、チームでやるべきことはできあがってきている。サガン鳥栖モデルの中で選手個々を評価することもAIの導入を進めている目的の1つです。映像やデータを選手に伝えていくことで、個のレベルアップを図っていくのが狙いですね」


――「サガン鳥栖モデル」について詳しく教えていただけますか?

 「今まで僕も長く鳥栖のアカデミーに関わってきました。その中で大事にしてきた部分――『ハードワーク』『球際での強さ』『最後まで諦めない闘争心』がある。そういう『九州らしさ』を考えて、クラブとしてもアカデミーを整えながらトップチームに選手を輩出するというビジョンが生まれた時にアヤックスと提携を結びました。彼らのゲームモデルやプレー原則という教科書を参考にして、僕らにとって必要な要素と不必要な要素を精査しながら、今も構築しているのがサガン鳥栖モデルです。つまり、鳥栖とアヤックスのいいとこ取りですね」


――「九州らしさ」とは、具体的にどのような特徴を指しているのでしょう?

 「一言で言うと『いけいけどんどん』じゃないですか(笑)。僕も九州出身なので、そういう攻守においてアグレッシブなサッカーの中で育ってきました。関東・関西のチームと対戦するとそこが嫌がられますし、いまだに『九州らしい』と言われますよね。明確に定義するのは難しいですが、最後の最後まで踏ん張れるのも特徴でしょうね。そうしたもともと鳥栖にあったスタイルと、アヤックスの主導権を握って攻撃的に振る舞うスタイルを融合させています」


――鳥栖はアヤックスと2018年1月にパートナーシップ契約を締結されていて、同年5月にはアヤックスで働かれていた白井裕之さんが鳥栖に加わっています。白井さんもサガン鳥栖モデルの作成に関与されているのでしょうか?

 「白井ヘッドオブコーチングが間に立って僕たちのやり方や環境を見極めてもらいながら、サガン鳥栖モデルを作り上げています。今も『これは僕らに必要なんじゃないか』と提示してもらったり、逆に『僕らには必要ないんじゃないか』と議論しているところです。おかげで近年は結果も出ていますが、僕らとしてはもっと進化させていかなければならないという想いもある。そこで違った角度から分析できるAIや、連れて来る選手を精査するスカウティングなど、まだまだ強化していかなければならない部分はいくつもあります」


――実際にアヤックスのゲームモデルやプレー原則をご覧になられたとのことですが、何か学びはありましたか?

 「言葉や行動としてきちんとプレーが整理されていたことです。僕らはまだまだ主観的な見方が多かったですが、アヤックスは言葉と練習内容がしっかりリンクしている。実際に現地で見学すると、どの年代もゲームモデルに沿っていましたし、トレーニングもそれを基に構築されている様子を目の当たりにしました」

18-19シーズンのCLベスト4進出が記憶に新しい育成の名門アヤックス。その立役者となった下部組織出身のデ・リフト(現ユベントス)とデ・ヨンク(現バルセロナ)は翌シーズン、巨額の移籍金を置き土産にビッグクラブへと羽ばたいていった


――佐藤さんは鳥栖のU-12チームを率いて、2017年のワールドチャレンジでバルセロナと対戦されていますよね。彼らもアヤックスと同様にゲームモデルに基づいた育成をしているチームですが、感じたことはありましたか?

 「自信のあった世代でバルセロナと対戦しましたけど、1つ2つ上回られてしまった印象でした。技術的にはそんなに差がなかったんですけど、ゲームモデルがあるおかげかプレーの優先順位やチームのカラーが明確で、なおかつそれに合った選手がそろっていました」


――ただ、一貫したゲームモデルの中で育った選手は、他のチームに移った時に活躍しづらいという弊害もありますよね。選手の将来を考えると、育成でのゲームモデル導入には賛否両論の声が上がっています。

 「そうですね。だからサガン鳥栖モデルは、あくまでも『立ち返る場所』という位置づけです。ゲームによってシナリオも変わるし、プランも変わることはスタッフと選手に共有しています。だから、『選手はこれしかできない』『この相手にしかできない』『この組み合わせでしかできない』というイメージは作っていないです。もちろん、システムやプレー原則はありますが、選手が柔軟に対応できる指導をしています」


――共通しているゲームモデルがあると言っても、各年代で教えることは違いますよね。

 「だから、年代ごとにモデルを作っています。年代が低いほど個人スキルが細かくなっていくんですけど、目の前にいる選手に最適な指導をすることが目的なので、あくまでも教科書に過ぎません。そこは現場に立つ指導者に判断を委ねて量や期間を決めてもらっています」

AI分析で指導内容の見直しも


――サガン鳥栖モデルを作成されて、アカデミー内で変化はありましたか?

「まずは同じ言葉をアカデミーで共有することから始めたんですけど、見る項目が変わりましたね。はっきりしたというか、整理されたというか。今までは『この選手は上手だよね』って言っていたけど、『何が上手いのか』――ボールコントロール、ドリブル、パスなどの項目に分けて細かく評価できるようになりましたし、各選手の武器が明確になりました。今後はそれらを数字にするために、サガン鳥栖モデルを基準にAIでデータを取得・抽出していければと考えています」


――データは指導にも使われていくのでしょうか?

 「そうですね。もちろん選手には年代や個人で理解力の差があるので、各年代で与える情報量の目安を作りながらになります」


――指導の内容もデータ化されていくのでしょうか?

 「まだ開発段階ですけど、例えば試合のデータを取った時に、チーム戦術の数値ばかりが上がってくると。そこで個人スキルの数値があまり出てこないということは、チーム戦術を対象にした指導が多いということ。逆にチーム戦術のデータが低いと、個人スキルばかりやっていることになってしまう。そうやって指導内容のバランスを見直すことはできますね」


――アカデミーの指導者を評価する場合、例えばトップチームに昇格した選手の人数を見る人もいれば、大会での成績を見る人もいて、なかなか評価軸が定まりません。

 「何をもって結果と言うかですよね。要は、早く成長させたりいろんな刺激を与えるには、なるべくレベルの高い大会に出た方がいい。結局のところ、トップチームに上がって活躍できる選手を育てるためにも結果は必要です。優勝してもトップチームに選手が上がれなければ意味がないし、逆もありき。だから、何が大事かと言われれば全部です。僕はアカデミーダイレクターとして、全部をスタッフに求めます」


――それはデータも含めてということでしょうか?

 「その通りです。ただ、データは1つの判断材料や評価軸にはなりますが、それだけが指導ではないので。鳥栖としては、指導者の持っている感覚――数字では測れないものも大事にしているんですよ。どちらかに依存してしまわないようにコントロールするのが僕や白井ヘッドオブコーチングの仕事ですね」


――その白井さんにもぜひお話を聞ければと思います。本日はお忙しいところ、ありがとうございました!

Shinichi SATO
佐藤真一(サガン鳥栖アカデミーアカデミーダイレクター)
1975.9.14(45歳)JAPAN

佐賀市出身。地元の佐賀県立佐賀商業高校を卒業後、セレッソ大阪に入団。1997年にサガン鳥栖へ移籍し、9番を背負った。2000年に指導者へ転身し、サガン鳥栖でU-18コーチ、U-15監督を経験。2004年からは古巣セレッソ大阪でU-12コーチ、U-15コーチ、U-12監督を担当した。2008年にサガン鳥栖へ復帰し、サッカースクールコーチ、U-18コーチ、U-12監督を歴任。現在はアカデミーダイレクターとして、同クラブのアカデミーを統括している。


Photos: SAGAN DREAMS Co.,Ltd., Getty Images

サガン鳥栖が描く「AI×育成」の未来像

Profile

足立 真俊

1996年生まれ。ウィスコンシン州立大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、フットボリスタを中心としたメディアで執筆・編集経験を積む。2019年5月より、footballista編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista