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Jリーグよりも早く有観客再開。ロシア1部リーグが直面した、コロナ時代のリーグ運営の課題

2020.07.17

コロナ禍で揺らぐフットボールバブル】#1

5月から6月にかけて再開された欧州主要リーグがいまだ無観客での試合開催を続けている一方で、6月19日のリーグ再開時から有観客で試合を行っているリーグがある。東欧ロシアの1部リーグだ。しかしながら、7月17日時点で感染者数世界第4位の同国のリーグでは、再開とともに様々な問題が噴出しているという。果たして、彼らはどういった問題に直面しているのか。

先週末から有観客でのスポーツイベント開催が再開されたばかりで大きな問題には直面していない日本にとっても無視できない、コロナ時代のリーグ運営の先行事例として、ロシアリーグの中断から再開までの経緯と再開後の状況を、まずはお伝えしたい。

 世界中で猛威を振るっている新型コロナウイルスは、ロシアプレミアリーグ(RPL)にも暗い影を落としている。

 2月29日、冬季中断期間が明けてリーグは「83日ぶりにサッカーのある生活が戻って来た」と華やかに再開。しかし、欧州での感染拡大を受けて2週間後には政府の要請によって無観客での試合を余儀なくされることが発表された。観客を入れての最後の開催週となった3月14日のゼニト対ウラル戦ではゴール裏のウルトラスが「俺たちはサッカーという病に侵されている。ゼニトのためになら死ねる」と書かれた大きな横断幕を掲げてエールを送っていたが、その数日後にはリーグ自体の中断が決まってしまった。

中断期間中の状況

 各クラブの選手や監督たちはすかさずSNSなどで積極的にメッセージを発信し、まずは国民に入念な手洗いや外出の自粛を訴えた。ロシアサッカー連盟も代表のチームドクターが直接ファンの質問に答え、感染対策をレクチャー。長らくタイトルから遠ざかっているディナモ・モスクワのエンブレムと優勝トロフィーを並べて「距離を取りましょう」と皮肉るようなユーモアも忘れてはいない。

 そして、自粛生活を何とか楽しもうと選手たちは自宅を公開してペットや子供たちと戯れる様子や、トレーニングの紹介、楽器の演奏やダンスといった「隠し芸」動画を続々と投稿。eスポーツのサッカーゲーム対決にも参加し、思いがけないブームを引き起こした。さらにSNS上で流行ったのは選手たちが自宅で料理をするチャレンジ企画。これは隣国ウクライナの選手たちにも広がり、シャフタールのMFコノプリャンカは1年前に代表専属シェフから習ったリゾットを慣れた手つきで作り、その上達ぶりをアピールした。

 試合を伝えられない現地メディアの多くが取り組んでいたのは、過去を振り返る記事や動画だ。例えば、1972年にディナモ・モスクワとレンジャーズが対戦したUEFAカップウィナーズカップ決勝。3点のビハインドからディナモが2点を返して勢いに乗っていた後半終盤、審判の笛を試合終了と勘違いしたレンジャーズファンがピッチになだれ込み、ディナモは反撃ムードを削がれて優勝を逃した。このような忘れ去られがちな歴史の細部が当時の選手たちの回想とともに語られている。歴史を楽しみ、学ぶためのアーカイブ作りという意識がロシアでは普段から強く、中断期間中はその整理に絶好の機会という訳だ。ロシア代表のSNSやRPLのYouTube公式チャンネルでも過去の名勝負の数々が特集され、代表やロシアのクラブが欧州や世界の強豪を撃破した偉業の記録が沈みがちな気分を盛り上げるのに一役買っていた。

 当初ロシアでは国境封鎖などの厳格で素早い対策が功を奏したのかコロナ感染抑止に成功していたが、5月には欧州でのパンデミックの影響を免れずに感染者が急増。この原稿を執筆している7月12日時点で検査数2300万件に対して感染者数は72万7162人。死亡者数は1万1335人で死亡率は比較的低いものの、現在も毎日6000人以上の感染者が出ている。

クラスター発生でまさかの「試合放棄」も…

 このように感染の収束からはほど遠い状況にありながらも、6月19日にリーグは約3カ月の中断機会を経て、他のスポーツや映画館、劇場などに先駆けて再開。スタジアムの収容人員の10%という制限つきではあるものの、いきなり観客を入れての試合開催となった。趣向を凝らしたアイディアに定評のあるゼニトのウルトラスは、ガスマスクに防護服を身にまとった人物がウイルスを持っている巨大なコレオグラフィを掲出。ウイルスが握り潰されると緑色の煙が立ち込め、地球を模したサッカーボールに入れ替わるという感動的なパフォーマンスを披露した。

リーグ再開節でゼニトのウルトラスが掲げたコレオグラフィ

 リーグはこうした熱い声援を受けた王者ゼニトが4試合を残して史上最速記録で2連覇を達成したが、欧州カップ戦や残留争いは混戦模様で、両軍が勝ち点3を目指して積極的に撃ち合う、見応えのある試合が続いている。ロシアサッカー連盟のアレクサンドル・ジュコフ会長は「サッカーが帰って来て、シーズンを再開できたことは素晴らしい。これは我われが普段の生活を取り戻すことへの前向きなきっかけだ」とRPLの社会的な貢献を強調した。

 しかし、この再開は手放しでは喜べない事態にも見舞われた。再開直前にディナモ・モスクワとFCロストフで複数選手の感染が判明したのである。ディナモは対戦相手のクラスノダールが試合の延期に承諾したが、ロストフはFCソチが申し出を拒否したため、隔離されたトップチームに代わってユースチームの若者たちが急遽出場。10-1の惨敗を喫したが、ロストフのGKイーゴリ・ポポフがPKストップを含む15セーブのリーグ記録を樹立し、10失点ながらMVPに選ばれるという珍事が起きた。

 さらに、FCウファが検査で陽性の疑いがあった選手がいたことを公表せずに、その選手をメンバーから外しただけで試合に臨んでいたことが明らかに。結局感染していないことがわかりこの件は大事にはならなかったが、RPLのビャチェスラフ・コロスコフ名誉会長は「すべては明確な規定がないことが原因だ。どこの世界にクラブ同士の話し合いで試合の開催を決めるなんてルールがあるんだ? こんなドタバタはもう沢山だ!」と渇を入れた。

 すぐさま各クラブのトップが集まり緊急会議が開かれたが、新たな規定は結局作成されないまま終了。広大な国土ゆえにプーチン大統領は具体的なコロナ対策を各地方に任せており(自分に対する批判をかわす狙いもある)、消費者庁と各自治体の決定に従うしかないRPLは全地域のクラブを対象とした独自の規定を作れないのである。ホームスタジアムが改修中のため「家なし状態」のFCタンボフが間借りしているニジニ・ノヴゴロドのスタジアムだけは無観客で試合が行われているが、これも現地自治体の指示によるもので、地方によってコロナへの対応が異なっている。PRLは隔離の対象をチーム全体ではなく、感染した選手だけに限定するよう消費者庁に要望しているが、この問題は来季に持ち越しとなりそうだ。感染者が増加し続ける中での強硬開催にはサッカー界内部からも「時期尚早」という声が上がっていたが、国内の人気スポーツであるサッカーの再開には国民の疲労感やストレスを和らげたいという国の思惑が関係しているのかもしれない。

 会議の翌週も感染の連鎖は止まらず、今度はFCオレンブルグでクラスターが発生。ただでさえ過密日程となっている今季はこれ以上延期試合を設定できる空き日がなく、この時点で感染者を出したクラブはユースチームで戦うか、放棄試合として0-3の敗戦を受け入れるかという選択を迫られることになった。オレンブルグは「ユースの選手は練習すらできておらず、全員の検査結果も出ていない。ファンや対戦相手にも敬意を欠く」と声明を出し、2試合の放棄試合を選んだ結果、勝ち点6を失い現在は最下位に沈んでいる。

 このように、再開後のPRLはコロナウイルスが文字通り「もう一つの敵」となっている。各クラブはマスクや消毒、対人距離など注意を払ってはいるが、中断期間中のロコモティフ・モスクワを含めるとすでに4クラブで選手やスタッフの感染が確認されており、「感染者を出さないこともクラブの実力」と言わざるを得ない事態に陥っている。観客からはまだ感染の報告はないが、マスクを外して隣り合わせに座る姿や、ゴール裏で密になって声を張り上げているサポーターの姿も目に付く。それでも直近の2週間は選手の感染の報告がなく、落ち着きを見せていることから観客を収容人数の30%に増やそうという議論が交わされていて、少しでも収益を得ようとPRLも必死。選手や観客の間でクラスターが発生した場合の対応はどの国においても現在進行形の課題であり、この1カ月の間にロシアで起こった混乱は、コロナ時代におけるリーグ運営の具体例として参考になるはずだ。

Photo: Nurphoto via Getty Images

コロナ禍で揺らぐフットボールバブル

Profile

篠崎 直也

1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。