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ジュニーニョの教えを体現したJ1通算140点目。川崎Fと逆境に立ち向かう小林悠の矜持

2024.06.05

ワンクラブマンの価値 #3
小林 悠(川崎フロンターレ)

移籍ビジネスが加速している昨今のサッカー界で、クラブ一筋のキャリアを築く「ワンクラブマン」は希少な存在になっている。クラブの文化を体現するバンディエラ(旗頭)はロッカールームにとって大きな存在であることはもちろん、クラブとファン・サポーターを結びつける心の拠り所にもなる。あらためて彼らの価値について考えてみたい。

第3回で取り上げるのは、2010年のプロ入りから川崎フロンターレで公式戦486試合179ゴール76アシストを叩き出している小林悠。J1通算140点目のゴールに表れるストライカーの矜持を、番記者のいしかわごう氏に教えてもらおう。

 4月28日、第10節サンフレッチェ広島戦で記録した得点により、小林悠のJ1通算ゴール数は140に到達した。これまで“キング・カズ”こと三浦知良と並んでいたが、歴代得点ランキング7位に浮上。同時に途中出場での27ゴールは最多となり、播戸竜ニと並ぶ歴代トップとなった。

 その翌日には、播戸のXで両者が祝福する動画が公開されて話題となっている。

 特筆すべきは、小林がJリーグで記録したすべてのゴールが川崎フロンターレというクラブで積み上げた数字であることである。J1通算100得点以上を記録している歴代選手の中で、ワンクラブマンを貫いているのは現状で彼だけだ。

 ゴールを奪う技術を備えたストライカーというのは職人でもある。自身の出場機会が減少したり、得点力不足に悩むチームに請われたら、求められた場所でユニフォームを纏い、ゴール前での仕事をまっとうし続けていく者が多数派だ。点取り屋が1つのクラブに留まり続けること自体、稀だと言えるかもしれない。

 今年で在籍歴は15年目。チームが新陳代謝しながら前に進んでいく中でも、小林はワンクラブマンとしてゴールを奪い続けていくストライカーとしての生き様を示し続けているのである。

「何もできなくなった」右SHコンバートからの奮起

 プロとしてのキャリアを振り返っていくと、小林がブレイクしたのはプロ2年目の2011年になる。DFとの駆け引きを武器にした動き出しと、ゴール前での鋭い嗅覚を兼ね備えたワンタッチゴーラーとして得点を量産。リーグ戦12ゴールを記録して、その名を知らしめた。

 しかし、その後は順調だったわけではない。

 むしろ逆境ばかりのストライカーだと言えるかもしれない。例えば翌2012年には、シーズン途中から就任した風間八宏監督に従来のCFから未経験の右サイドハーフのポジションにコンバートされ、一時停滞した。当時の戸惑いを本人はこう話していた。

 「真ん中でワンタッチでしか点が取れなかったのに、右に追いやられたわけですよ。何もできなくなった(笑)」

 当時の小林は典型的なワンタッチゴーラー。ゴールから遠いタッチライン付近でプレーしても、まったくと言っていいほど持ち味が出なくなってしまった。ある日、悩みの限界を超えた彼は「右サイドはやっぱりできないです。真ん中にしてください」と指揮官に直訴しに行っている。ただ「いや、大丈夫だよ。できるよ」と一言で突き返されたという。

2012年4月から2017年1月まで川崎Fを率いた風間監督(写真は2016年6月)

 移籍することも本気で検討したというのだから、かなり思い悩んでいたのだろう。結局、この2012シーズンはリーグ戦6得点に終わっている。

 それでも翌年も川崎フロンターレにいることを選択し続けた。

 ターニングポイントは、環境ではなく自分を変えたこと。具体的に言うと、発想を変えて前向きに取り組んだことである。ポジションこそ同じ右サイドハーフだったが、本人曰く「スタートは右サイドでも、ナナメからゴール前に行けばCFと同じ!真ん中だと思え!」と自己暗示をかけて我慢し続けたのだという。

 冗談みたいな話だが、本当にそうやって点を取り始めたのだから驚きだ。

 もちろん、ただがむしゃらにやっていたわけではない。当時日本代表のストライカーだった岡崎慎司が同じ役割でゴールを奪っていたため、その動き出しを参考して熱心に研究し続ける。その結果、自身もコンスタントにネットを揺らし始めるようになった。

 2014年には、ハビエル・アギーレ監督率いる日本代表にも初選出され日の丸デビューも果たしている。新境地を開拓することで小林の可能性が広がっていくことを風間監督はわかっていたのだろう。小林自身も、ワンタッチゴーラーの殻を破ってくれた恩師に今では感謝の言葉を述べているほどだ。

2017年12月の中国戦で代表初ゴールを挙げる小林。日本代表としては14試合2得点を記録している

「人生で一番悩んだ」残留の決め手は相思相愛

 ストライカーとしての評価が高まったことで、人生最大の悩みに直面したこともある。……

Profile

いしかわごう

北海道出身。大学卒業後、スカパー!の番組スタッフを経て、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の担当記者として活動。現在はフリーランスとして川崎フロンターレを取材し、専門誌を中心に寄稿。著書に『将棋でサッカーが面白くなる本』(朝日新聞出版)、『川崎フロンターレあるある』(TOブックス)など。将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。Twitterアカウント:@ishikawago