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なぜアルゼンチンから優秀な監督が輩出されるのか?名手たちが世界中の名将に学び、教えを後世に受け継ぐ土壌

2024.05.30

【特集】「欧州」と「日本」は何が違う?知られざる監督ライセンスの背景 #6

日本の制度では20代でトップリーグの指揮を執ったナーゲルスマンのような監督は生まれない?――たびたび議論に上がる監督ライセンスについて、欧州と日本の仕組みの違いやそれぞれのカリキュラムの背後にある理念を紹介。トップレベルの指導者養成で大切なものを一緒に考えてみたい。

第6回は、アルゼンチンの監督ライセンス事情と世界有数の指導者輩出国となった背景をChizuru de Garciaさんがレポートする。

シメオネも勉強した“ごく一般的”で“非常に質素”な監督養成学校

 世界のサッカーシーンで通用する人材として、選手のみならず優れた指導者をも次々と送り出すアルゼンチン。その評価と信頼性は非常に高く、現在海外のクラブもしくは代表チームで監督を務めるアルゼンチン人の数は164人に及ぶ他、CONMEBOL(南米サッカー連盟)所属の全10カ国のうち6カ国の代表チームがアルゼンチン人監督の手に託されている。2022年3月の時点では、世界の126のプロフェッショナルリーグで指揮を執る監督のうち63人がアルゼンチン人で、スペイン人の46人を上回っていたというデータもあり、指導者輩出国としては文字通り世界のトップクラスと言えるだろう。

 アルゼンチンでライセンスを取得するためには、ATFA(アルゼンチンサッカー指導者協会)が管理・運営する養成学校での受講が必須条件となる。学校は現時点で全国88カ所にあり、そのうち28校は1部リーグのクラブが集中して所在する首都圏のブエノスアイレス近郊に点在。ウラカンやインデペンディエンテのように、1部リーグのクラブの施設内に学校が設置されているケースもある。どこからも比較的通いやすい地区にあり、大抵どの学校にも生徒の中に現役のプロ選手、もしくは元プロ選手が1人は在籍しているという。

 数多くの名監督を生み出しているとはいえ、ATFAの学校で特殊な指導が行われているわけではない。これについては私も2017年の取材時に知って意外だったのだが、授業内容はサッカーの歴史に始まり、トレーニングメソッドやルール解釈、心理学や脳科学を含む医学的及び教育的な基礎知識、コミュニケーション力を高めるための表現技術など、ごく一般的なものだ。

 さらに驚いたのは、私が訪問したビセンテ・ロペス市の学校の場合、市が所有するスポーツ施設内に設けられた教室が非常に質素だったことだ。2つあった教室はいずれも「空いていたスペースにプラスチックの椅子を並べただけ」のもので、机もなければパワーポイントの画像を投影させるスクリーンもなく、講師が黒板を外し、その裏の壁を使っていたのを覚えている。だが、同校の校長で、現在はATFA本校も兼任するルイス・レスクリウが「ディエゴ・シメオネも監督になる前にここで勉強した」と誇らしげに語っていたことからも明らかなように、インフラの充実度=卒業生のレベルではない。実際、このビセンテ・ロペス校からはシメオネの他、ラモン・ディアス(前バスコ・ダ・ガマ)、リカルド・ガレカ(チリ代表)、マルセロ・ガジャルド(アル・イテハド)のように国際的に認められている実力者たちが何人も巣立っている。

ビセンテ・ロペス監督養成学校の授業風景(Photo: Javier Garcia Martino/Photogamma)
2008年2月のエスタディオ・モヌメンタルで当時37歳のシメオネ。2006年2月に母国のラシンで現役引退と同時に監督キャリアをスタートし、エストゥディアンテス、リーベル・プレート(写真)、サン・ロレンソ、カターニア(イタリア)、ラシンを経て、2011年12月からアトレティコ・マドリーを指揮してきた

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Profile

Chizuru de Garcia

1989年からブエノスアイレスに在住。1968年10月31日生まれ。清泉女子大学英語短期課程卒。幼少期から洋画・洋楽を愛し、78年ワールドカップでサッカーに目覚める。大学在学中から南米サッカー関連の情報を寄稿し始めて現在に至る。家族はウルグアイ人の夫と2人の娘。