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フランスらしい「国家資格」「デバ」「元選手優遇」…。トロワ現アシスタントコーチ、太田徹のライセンス挑戦記

2024.05.22

【特集】「欧州」と「日本」は何が違う?知られざる監督ライセンスの背景 #2

日本の制度では20代でトップリーグの指揮を執ったナーゲルスマンのような監督は生まれない?――たびたび議論に上がる監督ライセンスについて、欧州と日本の仕組みの違いやそれぞれのカリキュラムの背後にある理念を紹介。トップレベルの指導者養成で大切なものを一緒に考えてみたい。

第2回は、2011年からリヨン女子、パリ・サンジェルマン女子、トゥールーズ、ナント、トロワとフランスの男女トップチームでフィジカルコーチ、アシスタントコーチを歴任してきた太田徹氏に、同国のライセンス事情について話を聞いた。

基本構造は5段階。受講できれば、ほぼ取得は見込める

 「指導者の育成に定評がある」という印象を持たれるフランスだが、ライセンス取得の仕組みや特徴は実際どのようになっているのか。現在リーグ2(2部)のトロワでアシスタントコーチをされている太田徹さんのリアルな体験談を中心にご紹介しよう。

 まずは全体の仕組みから。基本構造は5段階ある(フランスサッカー連盟=FFFの公式サイトより抜粋)。

①BMF(Brevet de moniteur de Football):UEFA Bライセンスに相当
・地域リーグのユース部門の監督
・地域リーグ3部(8部リーグに相当)以下のシニアチームの監督
・受講時間:216時間
・受講費:2498ユーロ

②BEF(Brevet d’entraîneur de Football):UEFA Aライセンスに相当
・地域リーグのユース部門の監督
・地域リーグ1、2部(6、7部リーグに相当)のシニアチームの監督
・女子D2(2部リーグ)のシニアチームの監督
・受講時間:218時間
・受講費:3050ユーロ

③DES(Diplôme d’Etat Supérieur)
・ナシオナル1〜3(3〜5部リーグ)のユース部門の監督
・ナシオナル2、3(4、5部リーグ)のシニアチームの監督

④BEFF(Brevet d’Entraîneur Formateur de Football):UEFAユースライセンスに相当
・受講時間:320時間
・受講費:1万6810ユーロ

⑤BEPF(Brevet d’Entraîneur Professionnel de Football):UEFA PROライセンスに相当
・リーグ1、リーグ2、ナシオナル1(3部リーグ)のシニアチームの監督
・受講時間:320時間
・受講費:2万7100ユーロ

 FFFによれば、それぞれのライセンス合格率は、BMF:50%、BEF:88%、DES:95.83%、BEFF:100%、BEPF:90%。受講するのが難しいコースほど合格率が高いので、入学が叶えば、ほぼほぼライセンスの取得は見込める。BEFFやBEPFの受講費はべらぼうに高いが、先行投資と割り切れば、ということだろう。

 ちなみに、つい先日まで伊東純也と中村敬斗が所属するスタッド・ランスで指揮を執っていたウィル・スティル(5月2日退任)はBEPFを持っていなかったため、クラブは2022-23シーズン、罰金として毎試合ごとに2万5000ユーロを支払っていた。

 『レキップ』紙によると、今シーズンのリーグ1の監督の平均月給は約15万ユーロとのことだから、月に4試合分の罰金を払っても、2022年10月の就任当時、30代になったばかりのアシスタントコーチだったスティル監督の月給と合わせて平均程度に収まるということ。ならば、よく知らない監督をシーズン途中に連れてくるよりも、実力がわかった指導者を続行させることに利点があるのは納得だ。

 「これはけっこう前からある措置だと思います。コーチ組合が、ライセンスを持っている指導者たちを守ろうという考えがあるようで」

 こう語る太田さんの言葉には合点がいった。コーチ組合はFFFの中に存在している組織で、以前footballista本誌のインタビューにも応えてくれたレイモン・ドメネク元フランス代表監督が会長を務めている。フランスは一般的に組合の力がものすごく強いので、なるほど、という感じだ。

 太田さんの話によれば、フランスでは受講資格を得られた時点で、この罰金は払わなくていいそうだ。スティル監督が生まれ故郷ベルギーでライセンスを取っている最中なのに、今シーズンはスタッド・ランスが罰金を払わなくてよかったのも、おそらくその措置によるものだろう。

フランス特有の国家資格、DESとは?

 ③のDESを取得後、育成を専門とする④のBEFFか、プロクラブの監督を目指す⑤のBEPFかに分かれるのが一般的だ。

 このDESはフランス特有の資格で、直訳すると「国家高等資格」。カリキュラムなどはFFFが管理しているが、フランスの国が発行する国家資格ということになる。ただ受講するには②のBEFを所持していることが条件となるため、DES取得を目指す指導者はおのずとUEFA Aライセンス有資格者なのだが、昔からあるこの国家資格を残しているのはフランスのプライドなのだろう。

 アマチュアクラブの監督や、プロクラブでもアシスタントコーチであればBEFやBMFで問題なく仕事はできるが、プロライセンスの取得を考えるならDESが必要となる。BEFを有している太田さんは、現在DES取得の準備中だ。

 その審査には1次と2次がある。1次審査の内容は、まずは実技。実際に自分がプレーヤーとして試合をするのだという。最低でも地域リーグレベルでプレーできることが最低条件であるらしい。

 「地域リーグの監督をできるくらいのレベルなので、(選手としても)それくらいの実力を持ってないといけませんから、まずは試合をするんですよ。それを連盟の人が採点します。ちゃんとボールを蹴れるのか、最低限のテクニックをクリアすること。元選手で何試合か以上プレーした経験がある人の場合は免除されますが、僕のように日本からポッと来たような応募者はそこから始めないといけないわけです」

 「それから試合分析ですね。分析と、それに基づいた練習プログラムの組み立てがあり、それを突破すると、次に自分の経験や、なぜDESを受けたいのか、といった内容の面接があります」

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Profile

小川 由紀子

ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。