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板倉滉の“回復めし”とは?異色の専属シェフ、池田晃太が教えるケガに打ち勝つ食事術

2024.04.01

【特集】過密日程と強度向上による生存競争。ケガとともに生きる10

サッカーにケガは付き物。“ともに生きる”術を磨いてきたサッカー界は、近年の過密日程やプレーの強度向上という変化の中で、ケガとどう向き合っているのか。予防や治療を通じて選手たちを心身両面でケアする様々な専門家の取り組みをはじめ、「サッカーとケガ」の最新事情を追う。

第10回は、“地域リーガー兼YouTuber”から板倉滉の専属シェフへ、2年前に異色の転身を遂げた池田晃太氏にインタビュー。カタールW杯直前の復活劇を支えたサポートの裏側をはじめ、ケガの回復や予防に効果的な食事法について話を聞いた。

アスリートを食で支える!“第二の人生”は突然に

――初めに、池田さんが板倉滉選手の専属シェフになるまでの経緯からお聞きします。JFLや関東サッカーリーグ1部のクラブでプレーするプロ選手でありながら、現役時代からアスリートフードマイスターの資格を取得したり、YouTubeで食事や栄養の重要性について発信したり、いろいろな取り組みを進められていましたが、「アスリートを食で支える」ことを仕事にしようと思ったきっかけというのは?

 「シェフという職業に興味を持ったのは、セカンドキャリアを考え始めた時でした。選手を引退した後は自分がやりたいことをしたい、というのが強くあって、もともと料理が好きで、そういう発信もしていたので、これを仕事にしたいと思ったんです。その頃ちょうど長友佑都選手(FC東京)の専属シェフである加藤超也さんのことをニュースなどで見て、こういう職業もあるんだなと知って。それだけを目指していたわけではないんですけど、アスリートを食で支えたいと心に決め、その目標に向けて今できることは何かと考えて、現役生活を終える2年ほど前からYouTubeを始めたり、カフェでアルバイトして調理の経験を積んだり、そこで自分のチームの選手に食事を提供したりして、セカンドキャリアの準備を進めていました」

――そのカフェというのは、2018年から所属していたVONDS市原(関東サッカーリーグ1部)のスポンサーでもある「花笑庵」ですね。選手向けのお弁当販売も池田さんの発案で始めたとか。

 「はい。花笑庵のオーナーさんが本当にいい方で、食で選手を支えたいという僕の思いや活動をすごく応援してくれて。チームメイトに栄養のある食事を出したいと意見を伝えた時も、ぜひチャレンジしてみたら!という感じで一緒にやらせてもらいました」

――料理に関してはどのように学んだのですか?

 「基本は独学に近いですね。以前から本で勉強したり、栄養に関する情報やレシピをネットやYouTubeで収集したりして、それを実際に作って自分で試して、というふうに現役時代からやってきました」

――202111月に29歳で引退した後は、ご自身のお店をスタートする予定だったのですか?

 「出張型というか、花笑庵の一角を営業していない時間に間借りするなどして、少しずつ自分の活動を広げていこうと考えていました」

――そこで突然、板倉選手から専属シェフとしてのオファーが届いたわけですね。

 「YouTubeで報告させてもらいましたが、板倉選手が僕の配信をずっと見てくれていたそうで、『サッカー引退します』という動画を投稿した際に連絡をいただいたのが始まりです」

――そしてドイツに渡り、20222月からの試用期間を経て、正式に専属シェフを務めることになったと。こういう食事がいい、といった要望は板倉選手からあったのですか?

 「やっぱりバランス良くということで。朝は普段こんなものを食べているとか、こういうのが食べやすいとか、ある程度は状況や要望を聞いて、あとは声をかけていただいた期待に応えられるようにと、あらためて栄養について専門的に勉強したり、ドイツで手に入る食材を調べたり、料理のレパートリーを増やしたりして現地に向かいましたね」

――食事が大切だとわかっていても、専属シェフまでつける選手は多くないと思います。板倉選手はそれだけ重要性を感じていたということなのですね。

 「そうですね。やっぱり海外生活というのもあって、僕もドイツに来てわかりましたけど、日本にいる時と同じような食事を摂るのは難しい。ブンデスリーガや日本代表でハードなサッカーをこなしている日常の中で、自分1人でプレーに集中できる環境を整えて、体に良い食事まで準備するというのはかなり大変なので、必要性を感じていたんだと思います」

――専属シェフになって最初に意識したことは?

 「一番はコミュニケーションです。僕からの押しつけにならないように、ということ。選手は体に良い食事を摂りたいと思っているけど、嫌いなものがあるかもしれないし、時には体に良いだけじゃない方がいいかもしれない。そのための知識を押しつけるように、僕だけが思っていることを料理に乗せて出すのではなく、やっぱり選手がどう思っているのか、どうしたいのかが一番大事なので、それは最初に呼んでもらった時にこちらから伝えましたね」

靱帯断裂からの早期復帰を支えた特別食&吉田麻也のコラーゲン

――どのように板倉選手をサポートしているのか、基本的な活動を教えてください。

 「基本は朝昼晩の3食すべてを作っているので、通常は朝早く自宅に伺って朝食の用意をして食べてもらって、板倉選手は練習に行きます。僕は午前中に買い物に行って、練習から帰ってくる時間に合わせて昼食を提供し、それから同じように夜の準備をして夕食を出すというのが1日の流れです」

――試合の日は開催時間によって深夜にも対応を?

 「アウェイゲームで帰宅が遅い日も、残っていてその場で出すこともあります。日付が変わってしまう時もけっこうあるので、その場合は作り置きして食べてもらう形にしています」

――例えばリカバリーに効くですとか、持久力を高めるですとか、食事による効果という面ではどういった点を意識していますか?

 「僕が食事を提供する際に考えるのは結局、バランスなんですよね。何かに特化するというよりも、まずは普段からケガなく常に良いコンディションでいてもらいたいので、そのためにはバランスが大事。抗酸化作用があるものを意識して出すとか、筋肉がつくようにタンパク質中心の献立にするとかではなく、全部を含めたバランスをとにかく考えています」

――基本は和食なのですか?

 「和食が多いですね。ただ、ランチは麺が食べやすいというリクエストをもらっているので、主食はパスタにすることが多く、まずスープとサラダを出して、その後にパスタっていうのが昼の流れです」

――カタールW杯の開幕2カ月前(2022年9月)に右膝内側側副靱帯の部分断裂という重傷を負った板倉選手が、復帰に至るまでの過程についても伺えればと思います。ご本人が当時を振り返ったボルシアMG公式サイトの記事(2023年1月)には、池田さんが「靱帯の回復に繋がるタンパク質やコラーゲンが豊富な料理を作ってくれた」という感謝のコメントも掲載されていました。具体的にはどのような食事でサポートされていたのでしょう?

W杯前のリハビリ期間に提供した2022年10月の夕食例。肉、魚からたんぱく質を摂取。魚のあら汁に加え、銀ダラの西京漬でもコラーゲンを摂取(写真提供:池田晃太)

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Profile

赤荻 悠

茨城県出身。学習院大学を卒業後、『流行通信』誌を経て『footballista』編集部へ。2015年8月から副編集長を務める。