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プレス回避と戦い方の幅。ヴィッセル神戸の優勝はJリーグの戦術変化の象徴

2023.12.13

Jリーグ新時代に求められるもの――2023シーズン注目クラブ総括
Vol.1 ヴィッセル神戸

30周年を迎えたJリーグ、J1・J2注目クラブの2023シーズンを徹底総括。有望株や実力者の海外流出、人材流動の加速で変化する序列と台頭する新戦力、そしてACLの秋春制移行――環境が激変する新時代を生き残るための戦術&人心掌握術とは? 最終結果だけでは見えてこないチーム作りの方向性と試行錯誤、そして選手自身の成長と物語を専門家と番記者の視点で掘り下げる。

第1回を飾るのは、悲願のJ1初優勝を果たしたヴィッセル神戸。リーグ全体の戦術変化を象徴した強さの秘密に、おなじみの西部謙司氏が迫る。

 J1が1ステージ制に回帰してからの6年間、タイトルを二分していたのが川崎フロンターレと横浜F・マリノスだった。その間、川崎が優勝4回、横浜FMが2回。2017年の川崎は初優勝、19年の横浜FMも15年ぶり。2強時代到来の6年間である。

 2023年、ヴィッセル神戸が初優勝。2強時代にピリオドを打つにふさわしいチャンピオンだったと思う。というのも、2023年はそれまでの6年間とは異なる傾向が顕在化していて、神戸の優勝は新たな流れにことごとく符合していたからだ。

「保持→即時奪還」の2強時代の終わり

 2強時代は基本的にボールを保持できるチームが優位だった。川崎、横浜FMには相手を引かせる保持力があり、押し込んで即時奪回の循環でゲームを支配していた。ところが、2023年の保持率トップであるアルビレックス新潟は10位、新潟に次ぐ保持率の川崎は8位。逆に保持率10位のサンフレッチェ広島が3位、5位の鹿島アントラーズの保持率は12位。6位名古屋グランパス、7位アビスパ福岡も保持率は低い。

 もともと保持率と順位にそれほど強い関係があったわけではないが、2023年に関しては保持率が低めの方が順位は高くなっている。では、神戸はどうかいうと保持率約50%で9番目。ちょうど真ん中。後で触れるが、これはちょうど良い保持率だった。

 2023年に何が起きていたかというと、自陣からのビルドアップが難しくなった。2022年には過渡期で、すでに兆候は出ていたが2023年に顕在化した。これはポジショナルプレーの普及によるものと考えられる。

 ポジショナルプレーが普及すればビルドアップ側が有利になりそうなものだが、事実は逆なのだ。ポジショナルプレーの浸透によって、「位置的優位」の作り方というタネがばれてしまった。「位置的優位」の減退によって、それでごまかしてきた技術的な問題が露呈。つなごうとするチームはハイプレスの餌食になりやすくなった。

 一方で、ハイプレスはリスクの高い守り方でもある。FWのプレス開始位置を敵陣ペナルティエリアすぐ外とすると、CBの位置はおよそハーフウェイラインあたりなので、FWからCBまでの距離は約40メートルである。ミドルゾーンのプレスの場合、FWがハーフウェイラインからプレスを開始し、CBが自陣の半分ほどとすると、トップからボトムまでの距離は約30メートル。ハイプレスの方が10メートル長い。それだけ広い範囲を守らなければならず、取り逃がせば高いDFラインの裏をつかれやすい。このリスクを軽減するには緻密な組織的な守備が必要で、勢いだけでハイプレスしても墓穴を掘る結果になりやすい。2023年で劇的な変化があったのはこれで、ハイプレスが洗練されたことでビルドアップ優位からハイプレス優位への逆転が起きたことである。

2強時代の王者を直接対決で下し、クラブ創設29シーズン目にしてJ1の頂点に辿り着いた神戸

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Profile

西部 謙司

1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。