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1000試合目&EURO2020出場決定。伝統国イングランド、未来への期待

2019.11.18

1872年の初陣から実に147年、 節目となる1000試合目を迎えたイングランド代表。メモリアルマッチとなったモンテネグロ戦は、来年に控えるEURO2020出場を決める一戦ともなった。サッカーの母国としての歴史を誇る一方で、1966年W杯以来となる悲願のビッグタイトル制覇で新たな歴史を刻むことが期待されている。記念ゲームを現地取材した山中忍さんにスタジアムの雰囲気と、 “スリーライオンズ”の現状についてレポートしてもらう。

 イングランドはサッカーの母国。そして、伝統を重んじる国。11月14日、ウェンブリーで行われたEURO2020予選での勝利は、代表の通算1000試合目を記念する「祝砲」となった。FA(サッカー協会)の招待を受けた歴代の監督と選手(代表キャップ数50以上)が見守る中、大量7得点で無失点とモンテネグロを圧倒し、3日後のグループA最終節コソボ戦を待たずに予選突破を決めたのだ。木曜夜の一戦に、気温6℃よりも低く感じた寒さと、キックオフ前の雨にもめげず駆けつけた約7万7000人のファンは、スコアが7-0となると国家を歌い上げ、試合終了の笛には「本大会に行くぞ!」と声を上げて応えた。

 勝って当然のカードではあった。モンテネグロ戦は、アウェイでの前回も5得点。今回は、プレスもマークも中途半端な相手のペナルティエリア内に、イングランドの選手とクロスが入るたびに得点の気配があった。しかしながら、格下を容赦なく打ちのめした平均年齢23歳台の現代表チームには、通算409試合目に当たる1966年W杯決勝でハットトリックを決めた、サー・ジェフ・ハーストを含むスタンドのイングランド・レジェンドたちも、代表の近未来への期待に胸を膨らませたに違いない。同大会に続く、母国史上2度目の主要国際大会優勝は、実現が望まれて半世紀以上になる全国民の悲願だ。

歴史を示す「1245」

 歴史的な一夜の圧勝は、ホームゲームでは1987年10月のトルコ戦(8-0)以来となる6得点以上の大勝でもあった。当時のCFギャリー・リネカーが、ハットトリックを決めた旧ウェンブリーでの一戦。「歴史は繰り返される」ではないが、32年後の新ウェンブリーでは、現「ナンバー9」のハリー・ケイン(トッテナム)が、ボックス内でのヘディング2発と右足シュートで3ゴールを決めた。

 「ナンバー1207」のケインと言うべきかもしれない。モンテネグロ戦のユニフォームの左胸には、“スリー・ライオンズ”こと3頭の獅子が描かれたエンブレムの下に、選手個々のレガシー・ナンバー。1872年、スコットランドとスコアレスドローを演じた初の代表戦でゴールを守った、ロバート・バーカーを1番とする連番は、国税庁にタグを付けらたような日本国民のマイナンバーとは違い、FAから代表の一員としてピッチに立ったイングランド人にだけ与えられる名誉の個人ナンバーだ。モンテネグロ戦の後半にベンチを出たジェイムズ・マディソン(レスター)が、最新の1245番となったレガシー・ナンバーは、今後の代表戦でも襟の内側に記されて継続される。この国らしい、厳かな歴史の祝い方ではないか。

 ケインは、実質的なレジェンドの地位にも“3歩”近づいた。代表での通算得点数を試合前の28から31に伸ばし、イングランド歴代得点王ランク10位タイから6位へと浮上。記録は破られるためにあるとも言われるが、ハーフタイム中、レンジェンドの1人として、一際大きな歓声を受けてピッチに登場した歴代得点王のウェイン・ルーニーは、内心で「この男が俺の記録を抜いてくれそうだ」と、主砲の役割とキャプテンマークを受け継いだ代表の後輩を頼もしく思ったのではないか? 代表戦出場44試合で30得点台に乗せたケインは、当日の先発イレブンでは最年長者の一人でも、まだ26歳。ルーニーの53得点を超えるための時間は十分にある。後半早々にベンチでお疲れ休みとなっていなければ、モンテネグロ戦でさらに1、2点は差を縮めていたはずだ。ギャレス・サウスゲイト監督が、「世界最高」とまで評価する現代表エースは、ストライカーとしてすでにワールドクラスの域に達していると言って差し支えない。

イングランド代表のハリー・ケイン
ハットトリックで歴史的一戦に華を添えたケイン

充実の攻撃陣

 ハーフタイム中には、久々に大観衆の前に現れたポール・ガスコインの姿にも目を引かれた。閃きのあるプレーといい、型にはまらない性格といい、稀有なタレントだった元MFは、黒や濃紺のコート姿が多かったレジェンド陣の中で、紅一点ならぬ“クリーム一点”の夏物スリーピース姿。翌朝の『デイリー・メール』紙に写真が載っていたように、目の前を歩くジャーメイン・デフォー(レンジャーズ)の尻をキュッとつかむなど、笑いを誘う一面も相変わらず。一時はアルコール依存症で命も危ぶまれた人気者の元気な姿は、記念すべき1000試合目に集まったファンにとって、ゴールラッシュとともに記憶に残るプレゼントとなった。

デフォー(左から2番目)にちょっかいを出し破顔一笑のガスコイン。それを見て爆笑しているのは、現役時代にトレードマークだった髭はなく恰幅の良くなったデイビッド・シーマンだ(右はグレン・ジョンソン)
マーティン・キーオンとトニー・アダムス

 ハーフタイム前後のピッチ上で最も目を引いたのは、左SBのベン・チルウェル(レスター)だった。前半にアシストのハットトリックを達成した22歳は、マン・オブ・ザ・マッチに価する90分間を過ごした。11分にアレックス・オックスレイド・チェンバレン(リバプール)への浮き玉で先制ゴールを演出。その7分後にFKをゴール正面にいたケインの頭に届け、24分にはニアポストへのクロスでケインによるチーム3点目をアシスト。その後も攻撃参加の足を止めず、ケインと代わったタミー・エイブラハム(チェルシー)が代表戦初ゴールを決めた84分の場面でも、攻め上がってのパスでチーム7点目のきっかけを作っている。逆サイドでフルタイムをこなし、35分にケインの3ゴール目に繋がったクロスを含め、純粋なアタッカーばりのパス能力が光ったトレント・アレクサンダー・アーノルド(リバプール)とともに、左右の正SB決定を思わせるパフォーマンスだった。

 実際の攻撃陣では、ほぼ2年半ぶりの代表戦ゴールで復活を印象付けたオックスレイド・チェンバレンと並び、20歳の若さに似合わぬ落ち着きを見せるメイソン・マウント(チェルシー)も、インサイドMFのオプションとなり得る。前線では、30分にチーム4点目を蹴り込み、66分のシュートが敵のオウンゴールを呼んだマーカス・ラッシュフォード(マンチェスター・ユナイテッド)が自信をうかがわせ、チーム2人目のハットトリックすら可能だった。逆の右サイドで先発したジェイドン・サンチョ(ドルトムント)は、7点目の1アシストのみ。ただ、主軸中の主軸であるケインも好む[4-3-3]システムが基本化されるのであれば3トップの一角は、当日はスタンド観戦だったラヒーム・スターリング(マンチェスター・シティ)のものだ。

獅子奮迅の活躍を披露したチルウェル

“1000 NOT OUT!”

 そのスターリングの「一夜謹慎」に絡む一件を含め、ウェンブリーでの意義ある大勝も完璧ではあり得なかった。もっとも、クラブと代表の双方で得点源に成長した、スターリングの欠場に対する八つ当たりとしか思えないブーイングは一過性の問題だろう。標的となったのは、試合3日前の練習場で小競り合いを演じたジョー・ゴメス。前週末のリーグ戦で火花が散った両者の衝突は、24歳だが先輩格のスターリングに責任があり、結果としてモンテネグロ戦でのベンチ外がある。70分の投入時、予想外のブーイングを浴び、試合後は真っ先にピッチを去った22歳のDFには気の毒だが、ホーム観衆は軽い気持ちで喧嘩相手に当たったように思われた。ウェンブリーのあるロンドン北西部の街は、スターリングが育った地元。一方的な展開で6点差がつき、観客が時間を持て余し始めていたとも考えられる。事実、その数分後には、国内の試合会場では珍しいウェーブも。試合直後に、自らの非を認めてゴメス批判を「観衆の過ち」としたスターリングのツイートと、「あってはならない行為」として珍しくファンをとがめたサウスゲートによる注意で、事は解決を見るだろう。

 一方、守備の問題は長引く危険性がある。指揮官が「とんでもないミスによる失点」を嘆いたのは、図らずも打ち合いとなった9月のコソボ戦後(5-3))。集中力が途切れる欠点は解消されていない。剥く牙すら持たないと思われたモンテネグロにも、2度ゴールを脅かされた。CK時のマークが甘く、相手CBのマルコ・シミッチにニアでヘディングを許したのは、3-0とした3分後。統率力もあるハリー・マグワイアと、機動力のあるジョン・ストーンズは、攻守両面で正CBコンビと思えるが、5-0とした5分後には2人そろって相手1トップのファトス・ベチライに隙を突かれてGKとの1対1に持ち込まれた。いずれも、ジョーダン・ピックフォードの好セーブで事なきを得たが、強豪国が相手であればネットを揺らされていた可能性は高い。4バックの手前は、候補者が限られる状態でも人選中。モンテネグロ戦では、5キャップ目のハリー・ウィンクス(トッテナム)が中盤深部からパスを散らしていたが、盾としての信頼度は、相手が相手だっただけに評価しがたい。

 サウスゲイトの「ヤング・ライオンズ」は、ロシアW杯で28年ぶりの4強入りを果たした昨年の夏に「ヒストリー・ボーイズ」とも呼ばれた。来たる11月30日、欧州12都市で開催されるEURO2020の組み分け抽選後には、ウェンブリーでの決勝進出に向けて気炎が揚がっても不思議ではない。だが同時に、不安に駆られる国内の反応も予想できる。

 「歴史は振り返るものではなく築くもの」とも言われる。イングランドの英雄の中でも、66年W杯当時の主将ボビー・ムーアが優勝トロフィーにキスをする姿が、表紙で一番大きく扱われた通算1000試合記念の観戦プログラムでも、過去999戦を振り返るコーナーの見出しには、“1000 NOT OUT(1000試合で終わるわけじゃない)!”の文字。

 予選突破を決めた一戦を「一歩前進」とだけ受け止めた、サウスゲイト率いる若く攻撃的な集団は成長あるのみだ。指揮官が、6年前にU-21代表監督に就任した当時から目標とされてきた、2022年W杯優勝でイングランド復興を世界に告げるために。その暁には、1000試合目では下にレガシー・ナンバーが記された代表エンブレムの上に加わることになる、2つ目の「星」が示す2度目の世界制覇という新たなレガシーを生むために。


Photos: Getty Images, Shinobu Yamanaka

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Profile

山中 忍

1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。

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