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モウリーニョがメッシを監獄に。2010年のCL名勝負を振り返る

2019.05.12

モウリーニョ、インテル時代のバルサ戦を回顧

 2010年4月20日に行われたチャンピオンズリーグ準決勝1stレグ。ジョゼ・モウリーニョ率いるインテルは、前年ジョゼップ・グアルディオラのもとで3冠を達成した絶対王者バルセロナをスタディオ・ジュゼッペ・メアッツァに迎え、これを3-1で撃破した。下馬評を覆すこの勝利が決定打となり、合計スコア3-2で決勝進出を果たしたインテルは同年、バルセロナに続いて3冠を達成。後にモウリーニョが「過去50年間で最高の試合」と回想するほどの名勝負だった。

 あれから9年あまりが経った今、『The Coaches’ Voice』が公開した動画で、モウリーニョが直々にこの試合を解説した。

2010年4月20日、CL準決勝1stレグのインテル対バルセロナのスタメン

 まず、ポルトガル人指揮官はリオネル・メッシを中心とするバルセロナの攻撃を分析し、3トップの中央に構えるズラタン・イブラヒモビッチがセンターバック2人を引きつけ、無防備になったライン間のスペースに右ウイングのメッシが侵入してくる形への対策を練ったという。

 現在と同様に 、ライン間でメッシにスペースを与えてしまえば一瞬で守備網を切り裂かれてしまうため、そのまま左サイドバックがメッシをマークしたいところだが、持ち場を離れれば右サイドバックを務めるダニエウ・アウベスのオーバーラップに蹂躙されてしまう。

 この「ジレンマ」を解消するために、モウリーニョは3つの状況に分けてマークを整理した。

(1)メッシがライン間に侵入した場合、ハビエル・サネッティはメッシのマークをチアゴ・モッタに受け渡して左サイドに残る。

(2)モッタが他の選手に誘き出されているときにメッシがライン間に侵入した場合、そのままサネッティがメッシをマークし続けてゴラン・パンデフがアウベスをマークする。

(3)メッシが逆サイドに逃げた場合、エステバン・カンビアッソがメッシをマークしてウェスレイ・スナイデルが下がる。

 こうして「監獄」を築き上げたインテルは、最大の脅威であるメッシを守備ブロックの外へと追い出すことに成功したのだった。

モウリーニョが見つけたバルサの“急所”

 続いてホームで勝機を見出すためにバルセロナの急所を探ったモウリーニョは、バルセロナの両サイドバック、アウベスとマクスウェルの背後にあるスペースに着目した。高い位置をとる両者はその背後に広大なスペースを残しており、とりわけ前年までインテルでプレーしていた後者はスペースの守備において弱点を露呈していたため、モウリーニョは両サイドバックの背後を狙い撃ちにした。

 メッシを封じながらこの急所を突いてカウンターアタックを炸裂させたのが、1-1で迎えた48分のシーンだ。守備ブロックの外から強引に仕掛けてきたメッシのドリブルをモッタが激しいマークで阻止すると、素早く縦につないでマクスウェルの背後にディエゴ・ミリートが抜け出す。

「ここでのポイント は、ペナルティエリアに到達するインテルの選手の数とバルセロナの選手の数だ。 ミリートにボールが出たとき、私たちは2、3人の選手を送り込むように手はずを整えていたんだよ。(サミュエル・)エトーとパンデフが駆け込んできていたし、加えてマイコンが驚異的な駆け上がりを見せていたね。一方、バルセロナの選手たちは何人戻ってこられただろうか? (セイドゥ・)ケイタや(セルヒオ・)ブスケツは私たちの走りを前になす術がなかったし、他の選手もまさかマイコンが飛び込んでくるとは思いもしなかっただろう」

 モウリーニョがこう振り返るように、両サイドハーフのエトー、パンデフ、右サイドバックのマイコンが持ち前の走力を生かして瞬く間にペナルティエリアへと到達。ニアに飛び込んだマイコンがミリートのパスを押し込んで勝ち越した。

 知略を巡らせて当時史上最強と謳われたバルセロナを敗退に追い込み 、インテルを3冠に導いたモウリーニョ。その輝かしいキャリアとは裏腹に、近年はチェルシー、マンチェスター・ユナイテッドで解任の憂き目に遭うなど苦境に立たされ続けている。古巣インテルをはじめとする様々な強豪クラブの新監督候補として名前が挙げられているが、新天地では再び名勝負を演じてタイトルを獲得し、復活をアピールすることができるだろうか。

Photo: Getty Images

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Profile

足立 真俊

1996年、岐阜県出身。生まれもっての“人見知り”を克服するためにアメリカにあるウィスコンシン州立大学でコミュニケーション学を専攻。学業の傍らで趣味として始めた翻訳活動がきっかけとなり、翻訳を通じたサッカーに関する情報発信を模索中。2019年5月、結局“人見知り”のままfootballista編集部の一員に。