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対サウジの合理的で効率的な戦い方。課題は武藤&南野の「第一プレス」

2019.01.22

林舞輝の日本代表テクニカルレポート第6回:日本対サウジアラビア

英国チャールトンのアカデミーコーチ、ポルトガルのボアビスタU-22のコーチを経て、昨年末に「23歳のGM」としてJFL奈良クラブGMに就任した林舞輝が、日本代表のゲームを戦術的な視点から斬る。第6回のテーマは、ボール支配率23.7%という記録的な低さを記録したサウジアラビア戦の日本代表の戦い方の是非について。


 ピッツィ監督が就任して以降のサウジアラビア代表の率直な感想を言おう。

 「ボールを持ち、圧倒的なポゼッションを保持する。だが、決められない。そんなこんなしているうちに負ける」

 ロシアW杯でもなんと全32チームの中で支配率が4位、パス本数も3位。にもかかわらずグループステージで敗退した。アジアカップでも、日本戦の前に行われたカタール戦で72%のボール保持率を記録しながら0-2で完敗している。

「サウジらしいサッカー」という罠

 サウジアラビアは世界でも稀有な「ボールを持っていても強さを発揮できるチームではないのに、ボールを持つことにこだわるチーム」だ。何しろ、前線に得点力がない。相手を押し込むが、押し込み切った後のラスト25mで引いた相手を崩すアイディアや前線の個の力が足りない。空中戦に強い高さのある選手もいないので、いざという時の力技もない。昨日の試合でサウジの中で最も危険な選手は誰だったかと訊かれたら、正直「誰も怖くはなかった」。日本の選手たちも、守りながら怖さは感じていなかったはずだ。しかも、サウジの後方の選手たちはカウンターに弱く、それにもかかわらず両SBとも攻撃型なので後方に大きなスペースが残るという、「ボールは保持できるが勝てない」チームの典型だった。

 昨日の日本対サウジアラビアは、それがチームもしくは森保監督の意図的なものだったかどうかはわからないが、結果として「サウジらしいサッカー」が前面に出て、その結果サウジがサウジらしく負ける典型的なサウジの負けパターンの試合展開になった。試合前からそういうゲームプランだったのか、試合が始まってからそういうプランに移行していったかは不明だが、「自分たちが勝つサッカー」ではなく「相手が負けるサッカー」に徹したことが、この試合の勝利した最大の要因だった。ボールの保持は放棄してカウンターに徹するというのは非常に合理的で効率的な戦術だったのは間違いないが、それと同時に、堂安の「守備で走ると思っていたが、予想以上の守備の量だった」という言葉にもある通り、その中身はあまり効率的ではなかった。

ピッツィ監督は日本戦後、契約満了に伴いサウジアラビア代表監督を退任した

「高さと強さ」で圧倒する日本

 日本は前半、ポゼッションとハイプレスは封印し[4-4-2]のミドルプレスで対応。ボールを持たせて自陣で奪い、前線へロングボール、そのセカンドボールを回収、どさくさに紛れて押し込んでサイドからクロス、またそのセカンドボールを拾って二次攻撃、というリスクをかけない安全第一の無難なサッカーを展開。その中で、比較的早い時間にCKから冨安健洋のヘディングで先制に成功する。サウジはCKの守備がかなり危うく、ロシアW杯でも2失点、日本戦の前のカタール戦でもCKから失点しており、セットプレーから得点するのは狙い通りだったはずだ。

20分、CKからのヘディングで日本代表のアジアカップ最年少ゴール記録を更新した冨安

 日本はラインが下がり過ぎる場面はあるものの、その後も整ったポジショニングでスペースにボールを動かすサウジに対し、中央では崩されず。遠藤航が守備でスライドし危険なスペースをカバーし、ボールを落ち着いてキープ。強力なサイドアタッカーに対しても日本は個で抑える。南野拓実は相手CBに対しうまく体を使ってロングボールを収められ、味方を使いファウルも奪えた。2列目が長い距離を走ってセカンドボールをしっかり回収していたし、前線のアタッカーの個の力で押し切った。日本のカウンターは単発ながら、前に速かった。唯一、高い位置を取るSBに対しどう守るかが曖昧だったのが前半の懸念事項だった。サウジの両SBがかなりの頻度でフリーになり、クロスを放り込まれ放題だったが、日本の両CBがアジアでは無類の空中戦の強さがあること、サウジに高さのある選手がいないことが幸いだった。

 後半になると、武藤嘉紀と南野のファーストプレスを低く設定し、非常にコンパクトな組織を作る。前半の懸念事項であった高い位置を取る相手SBに対しては、一番シンプルな「ハードワーク」という解決法で対応。原口元気が持ち前の運動量でマンツーマン気味についていってほぼ5バックになる時間が増えた。全体的にブロックが下がり過ぎな印象もあったが、あの状況では致し方ないだろう。サウジは日本がコンパクトにしているので出しどころがなくロングボールが増え、崩しのアイディアがないためシンプルなクロス攻撃が主体となる。クロスの精度の低さ、サウジの高さ不足、日本のDF陣のボックス内での強さが際立った。ボールを握っていたのはサウジだったが、得点の匂いがしていたのは日本だった。カウンターから得点のチャンスを何度か迎えたものの、2点目を奪って息の根を止めることができなかったのは、今後の課題だろう。

 交代策も、疲労した南野に代えてカウンターでスピードが生きる伊東純也、守備固めの塩谷司、時間稼ぎのための3枚目の北川航也など、フィールド内の選手がその意図を瞬時に理解できるクリアで理に適った使い方だった。

「2」の無秩序がショートカウンターを潰す

 考えうる中で最も効率的な戦術で挑んだ一方、日本のカウンターの中身はまったく効率的なものではなかった。その理由は、ファーストプレスにある。

 武藤と南野の[4-4-2]の「2」のファーストプレスは、組織的にはほとんど機能しなかった。良く言えばしつこくボールを追い回していたが、悪く言えば本当に追いかけ回しているだけだった。武藤と南野は、どこで誰にどのタイミングでどうプレッシャーをかけ、どうボールを奪いたいのか、ほとんど見えてこなかった。ボールを取りに行きたいのか、コースを限定したいのか、どこかに追い込みたいのか、原則も意図も見えない散発プレスばかりに終始した。例えば、「サウジのビルドアップの中心である14番のオタイフへのコースを切りながら、基本は相手を外側に追い出す」「CBからもう片方のCBへのパスがズレた時もしくは弱くなった時をボールを奪いにハイプレスに行くスイッチにする」などの非常に簡単でシンプルな原則だけでも良かった。

 それがなく追いかけ回しているだけなので、相手のCB2人に対し武藤と南野の同数でプレスに行っているのに、2人の間にパスを簡単に通され、中央でサウジの攻撃の起点であるオタイフにフリーでターンさせてしまう、という場面もあった。ファーストプレスが簡単に外されるので、2列目のボランチでボールを奪えることがほとんどなく、ショートカウンターの機会が生まれず。結果、自陣に引いてからのロングカウンターがほとんどになった。ロングカウンターは自陣から敵陣まで出て行く分、走る距離がべらぼうに長くなり、体力を消耗する。これが、日本のカウンターが非効率的だった理由だ。ファーストラインの狙いさえハッキリしていれば、もっと高い位置、中央で遠藤や柴崎が奪える回数が増え、短い距離で速く効率的なショートカウンターが可能だったはずだ。

GS第3節に続きスタメン出場した武藤。ファーストプレスに狙いがあれば、もう少し武藤にも決定機が生まれたかもしれない

 例えば、以前の大迫と香川の[4-4-2]の「2」のファーストプレスは、武藤と南野ほど追いかけ回していなかったが、狙いがあり相手の選択肢を絞らせるプレスだったため、2列目の長谷部や柴崎が奪える場面が多かった。このサウジ戦でもファーストプレスが、相手にどこに出されたくないから誰へのコースを切り、相手をどっちのサイドに追い込み、どのタイミングが奪いに行くスイッチになっているのかを明確にしていれば、自陣からのロングカウンターだけでなく中央からのショートカウンターで、もっと楽にカウンター攻撃を繰り返せていただろう。

今の日本は「ボールを持たない方が良い」

 この試合で我慢強く無難に勝ったのは、非常に大きな収穫だ。局面局面でしっかりプレス&デュエルを徹底し、走ってセカンドボールを拾い続けるという、我慢強く手堅いサッカーを90分間徹底して勝つことができたというのは、今までの日本代表ではあまり見られなかった勝ち切り方だ。ウイングに突破を許さなかったのも大きかったが、一番はあれだけ放り込まれてもボックス内でしっかりブロックし切れたのが大きい。自陣での守備力で言えば歴代最高かもしれない。4バックの4人全員が欧州でプレーしているというのが、最も大きな理由だろう。「DFライン全員が欧州でスタメンを張っている」のは、初めてではないだろうか。あまり注目されていないかもしれないが、これは日本サッカーの非常に大きな収穫であり、アジアサッカー界でもっと称賛されるべき功績だ。「フィジカルで劣る」と揶揄されがちなアジア人DFやアジア各国にとっても大きな勇気になるだろう。

新主将の吉田をはじめ4人全員が欧州クラブで定位置を手にしている日本代表DF陣

 今回の日本代表は、おそらくボールを持たない方が良い。DF陣はアジアの中であれば自陣に引きこもっても耐えられるし、アタッカー陣はスピードと勢いがある。日本のゲームメイカーである柴崎も、何でもないパスを何度も何度も細やかに繋ぎ続け散らし続け固く結ばれたブロックの紐を少しずつほどいていく几帳面で忍耐強いタイプではなく、ベルギー戦の先制ゴールのアシストのように、涼しい顔で飄々としておきながら、遠くから1本のパスでいきなり電光石火・一撃必殺で相手を切り裂くタイプの選手だ。トルクメニスタン戦のように相手に引かれて高い位置でボールを持つことになった時の方が、攻撃の形もアイディアも少なく、守備時の弱点が露呈する。

 今までの代表にはなかった「手堅く無難、されど強いサッカー」でアジアのどこまで辿り着けるか、これからが正念場である。

AFCアジアカップUAE2019 テレビ放送予定

地上波放送:テレビ朝日系列にて生中継!
https://www.tv-asahi.co.jp/soccer/asiancup2019/

BS放送:NHK BS1にて生中継!
https://www1.nhk.or.jp/sports2/daihyo/index.html

Photos: Ryo Kubota, Getty Images

Profile

林 舞輝

1994年12月11日生まれ。イギリスの大学でスポーツ科学を専攻し、首席で卒業。在学中、チャールトンのアカデミー(U-10)とスクールでコーチ。2017年よりポルト大学スポーツ学部の大学院に進学。同時にポルトガル1部リーグに所属するボアビスタのBチームのアシスタントコーチを務める。モウリーニョが責任者・講師を務める指導者養成コースで学び、わずか23歳でJFLに所属する奈良クラブのGMに就任。2020年より同クラブの監督を務める。