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カンテラーノはなぜバルサを去る? 失われた夢、現実を知る選手

2020.01.07

トップチームの過半数がカンテラ出身者で構成されていたペップ・バルサの時代。あれから10年、サッカークラブの理想形と呼ばれた状況は大きく変わろうとしている。

 カンテラーノがなぜバルセロナを去るのか? この答えは単純、トップチームに上がれないからだ。

 昨年夏にバルセロナBを“卒業”した10人のうちトップで選手登録されたのは、1人だけ。あのロシアW杯セネガル代表で日本戦に得点したムサ・ワゲだけである。その彼にしてもBチーム所属はわずか1年に過ぎないから、厳密な意味ではカンテラーノではない(FIFAが言うカンテラーノは下部組織に3年以上所属した選手を指す)から、実質的にはゼロだったわけだ。残りの9人は、3人がレンタルされ、6人が自由契約つまりクビになり、バルセロナを去って行った。

 バルセロナBには“卒業”がある。下のユースから毎年選手が上がって来るから、嫌でもトコロテン式に押し出されることになるのだ。

 今季のチーム(※開幕時点)を見ると登録選手25人の年齢構成は、1997年生まれが1人、98年生まれが2人、99年生まれが17人、2000年生まれが5人となっている。2019年終了時の年齢に換算すると、最年長が23歳、ボリュームゾーンが20歳、最年少が19歳となる。つまり、21歳になったらチームに残る選択肢はほぼないわけだ。スペインサッカー連盟の規定では23歳まではトップチームでプレー可能だが、それよりも卒業は早い。

 これは本人のキャリア的にもそう。

 Bチームは2部B(実質3部)で戦っている。トップチームを目指したり一流のリーグでプレーしようとするなら、そんなレベルの低いコンペティションで時間を費やす意味は毎年小さくなる。カンテラーノであることには、トップチームの目に留まりやすい、プレースタイルを取得済みで即戦力になる、というメリットがあるのだが、それもハタチまでで、それ以上になると、加齢によるデメリットの方が大きくなる。よって卒業になり、その時点でトップチームに“就職”できなければ出て行く以外ない。

 ちなみに、安部裕葵は99年生まれで現在20歳だから、今季と来季でBチームは卒業する計算。契約期間は4年なので、来季終了時にトップチーム入りできなければもう1年Bに残るか、レンタルに出るかの選択を迫られることになる。そうして、さらに1年後、結果を出せなければ契約終了。2015年以来、バルセロナBは外部から26人を獲得(レンタルは除く)したものの、今もクラブに残っているのは7人だけ、うち5人が今夏の加入者で、2人が昨季の加入者で、トップチーム入りはワゲだけだ。

 だが、そんな安部の立場ですら恵まれている。

 さっき便宜的に「トコロテン」と書いたユースからBへ上がるのも実は大変なのだ。今夏ユースを卒業(こちらは年齢制限があるから文字通り卒業)し、Bへそのまま上がれた者はわずか2人しかいない。残りはレンタルでなければ自由契約……。トップチームに上がれないで、Bチームに上がれないで、そして16歳になればEU内の国際移籍が可能になり国外のオファーに魅了されてカンテラーノは去って行く。

今季プレミアリーグのウォルバーハンプトンで大活躍を見せるアダマ・トラオレも元バルセロナのカンテラーノ。UEFAユースリーグ制覇に貢献するなど有望株と目されていたが、2015年にイングランド移籍を決断した

もはや目標は「定着」ではなく「売却」

 さて、ここまでトップチームへ「上がる」ことを問題にしてきたが、それより簡単なのが「トップデビュー」である。これならBチームあるいはユースに所属したままでも可能で、よりハードルが低い。グアルディオラは在籍4年で22人をデビューさせ、ルイス・エンリケは3年で15人、カンテラーノを大切にしないと批判される現指揮官エルネスト・バルベルデですら2年間で9人をトップチームの公式戦でプレーさせている。平均すると1年に約5人の計算だ。だが、トップデビューし、トップに上がり(選手登録され)、さらに「定着する」となると激減する。今季のチームで言えば、最も古いリオネル・メッシのトップデビュー(2004年)から最新だったカルレス・アレニャ(今冬ベティスへレンタル移籍)のトップデビュー(2016年)までの12年間で「定着」と呼べる者は、ジェラール・ピケ、ジョルディ・アルバ、セルヒオ・ブスケッツ、セルジ・ロベルト、メッシしかいない。その間にざっと120人のBチーム卒業者が出た計算で、2年に1人カンテラーノから定着者が出れば上出来、というほどの歩留まりだ。

 ただし、メッシら5人を金銭的な利益に換算すると、3億3500万ユーロ(約402億円。数字は『Transfermarkt』より)という莫大なものになるし、実はカンテラーノを売ることは立派な商売として成立している。昨年夏はデニス・スアレスを筆頭に2000万ユーロ(約24億円)を、一昨年夏はジェラール・デウロフェウを筆頭に3000万ユーロ(約36億円)を売り上げている。

 2012年11月25日、11人のカンテラーノが同時にピッチに立った。トップチーム定着が2年に1人ペースでは、その再現は不可能だろう。が、その一方で切り捨てられるカンテラーノのレベルが上がり、売却益が計算できるようになったのも事実。例の試合の3カ月前に閉まった移籍市場でのカンテラーノ売却費はゼロだった。バルセロナがカンテラーノの金銭的価値を痛みを伴って知るのは、翌年の夏チアゴ・アルカンタラが2500万ユーロ(約30億円)でバイエルンに買われてからである。

 カンテラーノだから価値がある、という考え方は今のタイトル至上主義とは相容れず、トップチームに上がれず、定着できないカンテラーノを売ることは商売となった。この状況が変わりそうな材料は見当たらない。

12月28日に半年間のレンタルながらベティス移籍が発表されたアレニャ。昨シーズン公式戦27試合に出場し飛躍が期待されるも、フレンキー・デ・ヨンク加入で激戦区となったインサイドMFのポジション争いで後れを取り出場わずか6試合にとどまっていた


Photos: Getty Images

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Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。

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