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サッカーが文化になる、の好例。音楽が結ぶロシアとアルゼンチン対ジャマイカの縁

2019.06.17

1998年フランスW杯アルゼンチン対ジャマイカで競り合うジャマイカのクリス・ドーズとアルゼンチンのガブリエル・バティストゥータ

 突然だが、あなたは「98年W杯アルゼンチン対ジャマイカのスコアは?」と聞かれてすぐに答えられるだろうか。ロシアで「アルゼンチン対ジャマイカ」と尋ねると、多くの人があるリズムとともに「5-0(ピャーチ、ノーリ)」と答えることができる。

 日本代表がW杯初出場を果たした1998年フランス大会。日本と同じグループHに入ったジャマイカ代表もまた初めて世界の舞台を戦い、開幕から2連敗で敗退が決定した。特に2戦目はアルゼンチン相手にオルテガの2ゴールとバティストゥータのハットトリックによって力の差を痛感することになったのだが、実はこの試合はある1つの曲によってロシアの人々に今も記憶され続けている。

 今年で結成36年となるロシアのベテランロックバンド「チャイフ」のリーダーでボーカリストのウラジーミル・シャフリンは、バンドのメンバーからフランス旅行をプレゼントしてもらい妻とともにW杯期間中のパリを訪れていた。そして、エッフェル塔観光の際に偶然、歓喜に沸くアルゼンチンサポーターのお祭り騒ぎと、その傍で地面に座り消沈して楽器を鳴らすジャマイカサポーターの光景を目撃する。「試合は見ていなかったが、彼らの様子から結果は一目瞭然だった」と後に語ったシャフリンはジャマイカ人たちの落ち込みぶりに心を動かされ、ホテルへ戻ると作詞に着手。本来のスタイルである骨太なロックとは異なり、レゲエのリズムをベースにしたその曲は『アルゼンチン対ジャマイカ 5-0』と名づけられる。当初は「遊び」の一曲としてコンサートで披露していたが、徐々に反響が大きくなり、翌年の新アルバムに急きょ追加されることになった。

今ではすっかり慣用句

 歌詞はジャマイカの悲哀が自然描写とともに語られ、「カカーヤ ボーリ(なんという痛み・悲しみ)、カカーヤ ボーリ、アルゲンチナ ヤマイカ(アルゼンチン対ジャマイカ)5-0」という有名なサビへと続く。ロシアではちょうどこの時期に音楽チャンネル『MTV』が開局し、結成15周年コンサートと試合の映像が合成されたこの曲のミュージックビデオがテレビで繰り返し流されると、レゲエ調の歌としてはロシアで史上初のヒットを飛ばし、1999年の国内最優秀ロック楽曲として「黄金のグラモフォン」を受賞した。

 サビのフレーズは現在でも痛恨の敗戦や、大差がついた試合の際にたびたび引用され、日常生活でも酷い失敗や悲しみを表す慣用句として用いられている。昨年のロシアW杯開幕戦後にはシャフリン自身が「ロシア対サウジアラビア 5-0」とSNSで替え歌を投稿し、自国の同スコアでの快勝を祝い話題となった。

 ご存知の通り、ジャマイカはその後のGS最終戦で日本に勝利し笑顔で大会を去ることができた。もしシャフリンのフランス旅行がもう少し遅かったら、日本サポーターの落胆をモチーフにした曲が生まれていたかもしれない。

Photo: Getty Images

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アルゼンチン代表ジャマイカ代表

Profile

篠崎 直也

1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。

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