林舞輝の日本代表テクニカルレポート第5回:アジア杯グループステージ総括
英国チャールトンのアカデミーコーチ、ポルトガルのボアビスタU-22のコーチを経て、昨年末に「23歳のGM」としてJFL奈良クラブGMに就任した林舞輝が、日本代表のゲームを戦術的な視点から斬る。久々復活となる第5回のテーマは、全勝での突破を決めたアジアカップのグループステージであぶり出された日本代表の欠陥について。
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文 林舞輝(奈良クラブGM)
結果だけ見れば、完璧である。すべて僅差とはいえ、全勝でのグループステージ突破。23人中22人というほぼすべての選手を試せ、主力を第3節で休ませることもできた。だが、内容を振り返ってみれば、完璧とはほど遠い戦いであった。
■トルクメニスタン戦の課題:90分のゲームプラン
初戦のトルクメニスタン戦、相手は[5-4-1]という守備的な布陣で守りを固めた戦いを挑んできた。完全に引いて守ってカウンター、弱者の戦い方である。格上相手に戦う時の典型的なゲームプランであり、基本的には0-0の引き分け狙いであわよくば勝ちたいという相手に対して、日本はまるでその練習相手かのように相手の起こしたいシチュエーションを自ら作り出し続けた。攻守の切り替えが遅く、チームが守備をしている時の前線の攻撃への準備、ボールを持って攻撃している時の守備陣の対カウンターの準備が見られない。縦パスを狙っている相手に対して縦パスを繰り出し続けその餌食になり、綺麗にカウンターを食らう。ボール保持時のリスクマネジメントができていないまま次々と縦パスを狙うため、ひとたびカウンターを食らうと完全な個の勝負に持ち込まれる。そこでは吉田麻也の個の守備力と安定力が光ったが、そもそもトルクメニスタン相手にCBの個の守備力を見せるような状況になるのが問題だ。
[5-4-1] のような守備的布陣を倒す鉄則として挙げられるのが、以下である。
① 絶対に先制させない
② 密集しているエリアへの中央突破ではなく、ボールを横に動かし、相手の5+4の組織的ブロックを時間をかけて崩しにかかる(イメージとしては「崩す」ではなく「溶かす」の方が近いかもしれない。一気に崩壊させにいくのではなく、徐々に溶解させる)
①に関してだが、ガチガチに引いて守られた場合、大事なことは得点することではなく、相手に得点を許さないことである。こちらが1点でも取れば、その時点で試合は終わる。引き分けOKできている相手のプランが一気に崩れてしまうからだ。相手はそのまま守っていると0-1で終わってしまうので、守備の我慢が利かなくなる。一方で、こういう相手に先制されると厳しくなる。相手はこのまま守り切れば値千金の勝利になるので、より守備の意識にスイッチが入り、完全に引きこもる。最も面倒な展開だ。
なので、こうして守備固めにきた相手に一番やってはいけないのは、ムキになって無理矢理こじ開けようとしてリスクをかけて攻め、カウンターを食らって先制を許すパターンだ。トルクメニスタン戦での日本は、まさにその最も面倒になるパターンをやってしまった。
そもそも相手は攻撃にリスクをかけるつもりはないのだから、こちらも無理に攻める必要はない。余裕を持って、カウンターに対して慎重にリスクマネジメントをしながら、ゆっくりと、じっくりと、我慢強く、じわりじわりと仕留めに行けばいい。考えとしては、90分で1点を取ればいいのだ。②の通り、ボールを動かして相手を動かし、コンパクトになっている組織を広げ、のちに相手を崩す決定打を打つための布石を打っておけばいい。ガチガチに固まった組織は、一気に壊すのではなく徐々に溶かしていけばいいのだ。
だが、この試合の前半で日本はムキになって攻撃し過ぎた。すべてのプレーで点を取りに行っていたし、ボールを持つたびに得点しなければならないような雰囲気さえあった。サッカーは90分で決着をつけるスポーツだ。すべてのプレーで点を取りに行く必要はない。CKが3本あったとして、3本すべてで点を取りに行くのではなく、最初の2本で布石の種をまいて、3本目で仕留めるという考えが必要な試合もある。縦パスも5本通せる機会があったら5本すべて通しにいくのではなく、ここぞという時の1本のために残りの4本の機会ではあえて横パスを選択して相手に縦パスの印象をなくさせるような駆け引きも必要だ。そういう意味で、日本サッカーは「90分で決着をつける」「90分という尺でゲームを考える」という視点が少し欠けているように思える。決してすべてのプレーで点を取りに行く必要はなく、90分の最後に相手を上回ればいいのだ。
後半に入ると、日本は改善し、大きくサッカーを変える。横幅を広く使って、クロスやオーバーラップも絡めたサイドからの崩しに攻撃を切り替えた。それが功を奏して逆転するわけだが、欲を言えば前半の途中で変えられたら、もっと楽な試合だっただろう。相手が守備を固めて縦パスを狙っていること、そして相手守備陣がクロス対応に問題を抱えていたことは最初の20分で選手たちも感じ取っていたはずだ(事実、なんでもないクロスが次々とチャンスになっていた)。上記の通り、後半に入り攻撃面は改善されたものの、守備面のカウンター対策は良くならず。2失点目は奪われてはいけない場所でボールを奪われ、ボランチ、ボールと逆サイドのSB、CBはまったく正しいポジションを取れておらず、ものの見事に中央にカウンターへの花道を作ってしまっていた。
格下のトルクメニスタンにこれだけ苦戦したのは、[5-4-1]で引いて守ってくること自体が想定外で準備していなかったのか、それとも中途半端に空いているのでついつい誘惑に駆られて真ん中から崩そうとしたのか、もしくは自分たちの力を過信していたのか。いずれにしても、「若さ」「経験不足」「初戦の難しさ」「アジアの厳しさ」といったような中身が空っぽの抽象的で無意味な言葉で片づけてはならない問題である。

■オマーン戦の課題:左サイドの自己矛盾
第2節のオマーン戦は、勝っていない。いや、確かにスコアでは勝った。もちろん、それが一番大切なことであり、事実としては勝っている。だが、もしジャッジがフェアであったら、日本のPKはPKではないし、長友のブロックはハンドで相手にPKが与えられたはずだ。サッカーで「たられば」を言うとキリがないが、VARがあれば負けていたかもしれない。
この試合ではカウンター対策はマシになっていた。対策という言い方は正しくないかもしれない。構造的・組織的に何か手を打ったわけではなく、シンプルに遠藤航が一人で運動量とポジショニング、デュエルでカウンターの芽を摘んでいたのと、個人個人の守備への切り替えが初戦よりも速くなっただけだからだ。
攻撃面では、相手の非常によく組織的された[4-4-2]ブロックに対し、2つの課題を抱えた。1つ目は、原口元気-長友佑都の左サイドの問題だ。この左サイドは、2戦続けて組み合わせが合っておらず、ぎこちない場面が多かった。理由は、原口も長友も5レーン理論でいうところの大外のレーンを得意とするプレーヤーだからだ。長友は大外を駆け上がるのが得意な選手であり、代表でも縦関係にあったのは内側のハーフスペースに入ってくる香川真司、乾貴士、中島翔哉といった、テクニックと俊敏性があり、内側のスペースでボールを受け最初のタッチでターンができ、人を使うのがうまい選手だ。一方、原口は大外のライン上で受け手から中に切れ込みながらスピードやキレで勝負するタイプであり、人との連係で崩すタイプではない。
結果として、原口と長友は両方ライン際の大外のレーンが得意なのでコンビネーションがうまくいかず、バランスを取るにはどちらかが無理をしなければならない状況が続いた。長友はハーフスペースを駆け上がろうとして行方不明になったり、原口はハーフスペースでもらおうとするも前を向けずにせっかく大外を駆け上がった長友にボールを供給できずにいた。長友はオーバーラップしている間に原口がボールを奪われるとカウンターを受けてピンチになるのをわかっているので、上がるのをいつもより躊躇しているようにも見えた。
もう1つは、ビルドアップの問題だ。オマーンの[4-4-2]ブロックの最初のプレスに対し、日本は右ボランチの柴崎岳が両CBの間に落ちるか、あるいは左ボランチの遠藤が左CBと左SBの間に下りてきていた。そうすると、日本の最後尾の3人の両サイド(吉田 or 遠藤の左と冨安健洋の右)がボールを運べるのだが、左側で吉田と遠藤がボールを運ぶ時は前線に良いボールを供給できていたのだが、右側で冨安がボールを運んだ時はあまりフリーになっている選手を見つけられず、質のいいボールを前線に提供できていなかった。上記の原口と長友の左サイドの問題と合わせると、後方のビルドアップは左サイドの方が良いのに前方の崩しは右サイドの方が良いという形になってしまい、チームの中で前と後ろである種の自己矛盾を抱えていた。


左サイドの問題に関しては、基本的にサイドは大外を使える選手とハーフスペースを使える選手を組み合わせた方がうまくいくので(マンチェスター・シティであれば、ウイングが大外を得意とするサネならSBはデルフ、ウイングが内側を得意とするスターリングならSBはメンディの方が機能している)、選手の組み合わせを変えるか、何かアフォーダンス(相手には気づかれないチーム内の暗黙のプレーサイン)を作った方がいいだろう。例えば、「原口はハーフスペースで受けたらワンタッチ」などと決めておけば、長友は原口がワンタッチで逸らすタイミングで裏に抜けられるし、ボランチの選手はワンタッチのタイミングで原口の後方にサポートに行って落としをもらえる。ボランチがその位置にいればもし原口がボールを失ってもすぐにプレスに行けるため、カウンター対策にもなる。
後方のビルドアップは、柴崎が両CBの間ではなく右CBと右SBの間に下りてくれば、ビルドアップ能力がやや劣る冨安が後方の3枚の真ん中になり、左に吉田、右に柴崎になるので、両サイドからボールを運んだあと質の良いビルドアップができるようになるだろう。また、シンプルに遠藤と柴崎のダブルボランチの左右を替えるのも手かもしれない。

■ウズベキスタン戦の収穫:1トップの武藤とダブルボランチ
ウズベキスタン戦は、両チームとも主力を休ませ出場機会が少なかった選手を試すのが主な目的だった。日程面、移動面、次の対戦相手などすべての面で2位通過の方がはるかに得が多いにもかかわらず真剣勝負になったところは、アジアのサッカーらしいと言えるだろう。これが南米や欧州だったら、両チームとも2位狙いで消化試合以下の内容で終わっていた可能性が高い(念のため書いておくが、これはアジアサッカーを卑下したり、南米や欧州のサッカーを批判しているのではなく、サッカー文化の違いでありスポーツ文化の違いの面白さを述べているものである)。
新戦力の発掘という意味では、武藤嘉紀がある程度1トップとして計算できること、そして青山敏弘と塩谷司のダブルボランチが前の2試合のボランチの組み合わせよりうまくいっていたのが収穫だろう。青山と塩谷は、まず球際のデュエルで違いを見せつけ、危険な形でのボールロストも少なかった。攻守両方で非常に気が利き、塩谷がCB間に下りて青山が縦関係になってボールを引き出すなど、ポジショニングのバランスもスムーズだった。また、オマーン戦では得意の1.5列目でプレーできずチームとしてどういうタスクを与えられていたのかが見えてこなかった北川航也も、この試合では1.5列目として時には顔を出し時には犠牲になる動きをしたりと、生きる道を見つけたように思える。
無事にグループステージ突破を決めた日本だが、これからはもうワンランク上がった相手との戦いになる。公式戦は結果オーライだが、この先もしっかり結果オーライになるかが不安になる、改善点の多い試合内容が続いた。各国が欧州トップレベルの外国人監督を招聘しているからか、今大会はかつてないほどに戦術的にも組織的にも非常に洗練されたチームがそろっている。日本も、もしかすると森保監督の伝家の宝刀である3バックの2シャドーなど、新しい戦いが見れるかもしれない。現状、攻撃で最も危険なシーンを作り出せているのは、南野拓実と堂安の距離が近い時だ。中島翔哉がいない今、この2人を2シャドーにして最も危険な地域で近い距離にさせるのは大きな武器になるだろうし、3バックにしておけばそもそもボール保持時に後方に残っている選手の枚数が増えるので、即効性のあるカウンター対策になるであろう。新生・日本代表のさらなる旅に期待が膨らむ。

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Photos: Ryo Kubota, Getty Images