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ミラン、EL追放騒動の顛末――TASの裁定で覆る可能性も

2018.07.12


 2018年6月27日、世界中がW杯で盛り上がる中、UEFAはミランをELから追放する処分を下した。ミランを応援する者としては、この喧騒にまぎれて、世の中からEL追放など最初からなかったかのようにスルーしていただきたかったのだが、そうは問屋が卸さないのが世の常である。私の場合、イタリア内外のチームのファンから馬鹿にされる毎日で非常につらいものがある。そうした人を含め「ミランが追放されたのは買収した中国人が怪しいからだ」という単純な構図でこの騒動を理解しているのが実情だ。しかし、事情はもう少し複雑である。そこで、ミランの問題だけでなくファイナンシャル・フェアプレー(以下FFP)の制度やUEFAが抱える問題に触れながら、ミランのEL追放に至るまでの経緯や背景をまとめてみようと思う。


すべての始まりは中国人による買収

 ミランの現状を語るには、まず2016年8月5日まで時間をさかのぼる必要がある。その日、ヨンホン・リー(李勇鴻)という中国人投資家が率いる中欧体育投資管理長興(Sino-Europe Sports Investment Management Changxing=SES)というファンドが、当時のミランの親会社フィニンベストが保有していたミランの株式を取得する旨の仮契約を締結した。仮契約では、中国の政府系ファンドや銀行も参画する予定だったのだが、中国政府がスポーツクラブの買収などを対象とした資金移動に規制をかけたことで、そうした金融機関は撤退し、リーだけが残ってしまった。ミランの買収には7.4億ユーロ(約962億円)が必要であり、リーだけが出せる金額ではなかった。

 そこに救いの手を差し伸べたのが、アメリカのハゲタカファンドであるエリオットだ。エリオットの融資により、2017年4月13日、リーはミランの買収を完了した。やや複雑であるが、この買収のスキームを説明しておく。ミランの株式を取得したのはSESではなく、リーが設立したロッソネーリ・スポルト・インベストメント・ルクセンブルク(Rossoneri Sport Investment Luxembourg=RSIL)という、その名の通りルクセンブルクにある会社である。エリオットは自社が支配するプロジェクト・レッドブラック(Project RedBlack)というルクセンブルクの会社を通じて、RSILとミランに合計3億ユーロ(約390億円)の融資をした。プロジェクト・レッドブラックはRSILに買収資金として1.8億ユーロ(約234億円)を11.5%という年利で貸し付け、ミランがメルカートなどに必要な資金を調達するために7.7%の年利で発行した1.2億ユーロ(約156億円)の社債を引き受けたというがその内訳である。

 さて、こうした巨額のローンにはそれなりの担保が必要になる。そこで、リーが差し出したのはミランの株式である。つまり、返済期限である2018年10月までに3億ユーロの返済ができない場合、プロジェクト・レッドブラックがルクセンブルクの裁判所に申立てを行い、ミランの株式を競売にかけることで、売却額から元本と利息を回収することになった(残額はRSILに戻る)。

 この取引が抱える最大の問題は、利息を含めると3.7億ユーロ(約442億円)ほどにもなる額をリーもミランも2018年10月までに返済できる見込みがなかったという点に尽きる。結局、リーには他の金融機関から借り換えをしてエリオットに返済するという道しか残されていなかった。しかし、借り換えの交渉は難航した。交渉相手の金融機関はミラン自体が抱える1.2億ユーロの負債の借り換えは申し出る一方で、ミランの親会社が抱える1.8億ユーロの負債については返済できないリスクが高いことからそもそも借り換えに応じなかったり、リーに不利な条件を提示したりするしかなかった。そのため、リーはより有利な条件を待って借り換えを延期し続けた。こうした姿勢が悲劇をもたらすことになる。

中国人投資家のヨンホン・リー


VA拒否。借金の借り換えは不確実

 16-17シーズンを6位で終えたミランは翌シーズンのELの出場権を獲得し、13-14シーズン以来のヨーロッパの舞台に舞い戻った。ヨーロッパの大会に戻るということは、FFPとの再会も意味する。FFP規程では、2014年7月から2017年6月までの3期において許容される累積赤字が3000万ユーロ(約39億円)と設定されていた。だが、ミランは2014年1月から2016年12月までの3期で総額およそ2.5億ユーロ(約325億円)の損失を計上していたことから、FFP規程違反は確実だった。

 そこで、ミランはFFP規程に定められた自主協定(Voluntary Agreement=VA)という特例を申請することにした。VAとは「資金的な裏付けを持った新規参入オーナーがチーム再建・強化のために短期的な大型投資を必要とする場合、UEFAに投資計画と収支の見通し(赤字幅)を明確化したビジネスプラン、そしてその赤字を全額穴埋めできる保証をあらかじめ示してネゴシエーションを行えば、その結果に従う形で最大4年間にわたって計画的な赤字経営を行うことができる」制度である。UEFAの司法機関であるCFCB(Club Financial Control Body)の一部門である調査室(クラブのモニタリング・調査を担当する部門)がその申請を受けて受理ないし拒否をすると規定されている。(参考記事:https://www.footballista.jp/column/43222

 申請の結果、2017年12月15日、ミランは締結を拒否されてしまった。CFCB調査室がその理由として挙げたのが、まず先に述べたように借り換えが不確実であるということだ。また、VAの期間に生じる赤字を補填できる保証も確実でないことも拒否の理由として挙がった。こうしてEL追放に向けたカウントダウンが始まった。

昨季ELではベスト16まで勝ち進んだミラン


SA拒否。同じ理由で先送りも許さない

 次にミランが目指すステップは、CFCB調査室との和解協定(Settlement Agreement=SA)の締結である。SAはVAとは異なり、クラブに対して罰金や選手登録数の制限といった制裁を科し、締結から2年後のシーズンにブレークイーブン(収支トントン)の達成を義務づける協定である。イタリアではローマとインテルが2015年5月、SAを締結している。CFCB調査室がSA締結の可否を判断し、拒否する場合はCFCBのもう一つの部門である審査室(事案の審理を担当する部門)に事案を移送し、審査室が調査室の決定を検討するという仕組みになっている。クラブが被告、CFCB調査室が検察、CFCB審査室が裁判所という構図で捉えるとよいだろう。

 ミランはUEFAに赴き会談をしたものの、2018年5月22日、CFCB調査室はミランとSAの締結はできないと判断し、CFCB審査室への移送を決定した。CFCB調査室は、過去3期における累積赤字が許容額の3000万ユーロを超えたことを本件移送の理由としつつ、SA締結が不適当である理由としては借り換えと社債の返済が不確実であることを挙げた。結局のところ、VA申請拒否と同じ理由であり、借り換えどころか株式を売却して負債の返済に充てることも延期し続けたリーにより、ミランは苦境に立たされることになった。

 しかし、SA締結拒否に関してUEFAに問題があるという意見もある。イタリアの経済紙『イル・ソーレ・24オーレ』の記者マルコ・ベッリナッツォ氏は、SA締結の可否を判断する際に、オーナーに対する評価ではなく、あくまでクラブの損益を考慮しなければならないことや2015年にSAを締結したインテルの赤字の方が大きかったことを主張している。また、ミランに関わる法律や財務を扱う記事を2年前からブログで発信しているフェリーチェ・ライモンド弁護士は以下のようにUEFAの問題点を追及している。 UEFAは借り換えが成約しないことによりゴーイング・コンサーン(企業活動が永遠に続くという仮定)に疑義が生じているとしている。しかし、ミランの監査法人はクラブが清算されるかもしれないという意見を表明せず、ミランは2017年5月、つまりエリオットに対する負債を抱えている時点で、17-18シーズンのELに参加するためのライセンスを取得している。要するに、一度OKになったことが1年後に問題として掘り返されているのだ。UEFAにとってのゴーイング・コンサーンとは株主構成が変わらないことのようだが、株式を売買する自由は誰にも制限できない以上、FFP規程に株主構成を一定期間、固定する義務はない。現にインテルはSAの対象期間内にトヒルから蘇寧にオーナーが代わっている。(参考記事/イタリア語:https://avvocatodeldiavoloblog.wordpress.com/2018/06/08/continuita-aziendale-o-continuita-azionaria-facciamo-chiarezza/

 したがって、CFCB調査室は考慮すべきでない事項を考慮したという問題を孕みつつ、舞台はCFCB審査室へと移ることになる。


EL追放の理由は3000万ユーロ超過

 前置きが長くなったが、ここから本題に入ろう。EL追放の件である。6月19日、審理に参加したミランはエリオットがオーナーになった場合でもゴーイング・コンサーンを保証する旨を主張した。しかし、8日後の27日、CFCB審査室は18-19シーズンと19-20シーズンのどちらか一方でミランを大会から追放するという決定を発表した。UEFAは決定文全文を後日に公開するとしているので、決定理由の全貌はまだ不明なのだが、ミランは同日にリリースした公式発表で、決定理由は「2014年7月から2017年6月までに犯したFFP規程違反」であると説明している。要するに、過去3期における累積赤字が許容額の3000万ユーロを超過したことが追放の理由とされたのである。ここで注目すべきなのは、VAとSAを拒否した理由とELから追放した理由が異なるということである。この点が次の段階で重要になってくる。


TASの裁定。過去にならえば執行猶予?

 CFCB審査室の決定は覆すことができると規定され、スポーツ仲裁裁判所(TAS/日本での略称はCAS)に対する上訴が唯一その手段として認められている。やはりミランは先述した公式発表でTASに上訴することも発表している。だが、CFCB審査室が累積赤字を理由にしたことで、TASにおいてゴーイング・コンサーンや新しい株主に関する主張をする意味がなくなった。ミランに残された方法は追放という制裁が前例(莫大な累積赤字を抱えていたにもかかわらずSAを締結したローマとインテル)に比べて過剰であると主張することだ。

 幸いなことに、TASが2012年、移籍金の未払いという、より重大な違反によって追放処分を科されたブルサスポルの上訴を受理し、処分を執行猶予付きの追放に軽減した事例がある。このことから、ライモンド弁護士は「TASは衡平を重要視しており、類似の事例に異なる扱いをするのは許さない」と述べ、「移籍金の未払いのような重大な違反に対して、執行猶予なしの追放は不釣り合いだとTASが判断している。そうである以上、重大でありながらより軽度な違反で、類似の事例ではSAの締結で済まされたものに対して、執行猶予なしの違反が釣り合っているとTASが判断する理由があるだろうか」と結論づけている。(参考記事/イタリア語:https://avvocatodeldiavoloblog.wordpress.com/2018/06/27/ricorso-al-cas-in-che-modo-lamicus-curiae-puo-essere-daiuto-al-milan/

 以上がミランEL追放の顛末である。ACミランの夏はまだ終わらない。


Photos: Getty Images

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田中 颯太

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