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Photo: Getty Images

2017.04.21 20:30

SPECIAL

不撓不屈の精神は“スーペルクラシコの呪い”でも折れはしない

名優たちの“セカンドライフ” #021

欧州のトップリーグで輝かしい実績を残した名優たちが、
新たな挑戦の場として欧州以外の地域へと旅立つケースが増えている。
しかし、そのチャレンジの様子はなかなか伝わってこない。
そんな彼らの、新天地での近況にスポットライトを当てる。


from ARGENTINA
Fernando GAGO
フェルナンド・ガゴ

(ボカジュニオール/アルゼンチン代表)


 「ガゴはもうバレンシアの選手ではない」

 2013年7月、スペインから届いた公式発表にボカジュニオールのファンの心は躍った。クラブ生え抜きの天才ボランチが7年ぶりに帰って来ることになったからだ。

 「ブラジルW杯に出場するため」26歳の若さで欧州から引き揚げることを決断したガゴは、まずレンタルでベレス・サルスフィルに移籍。その後、獲得を熱望するボカが保有権を持つバレンシアと粘り強く交渉を続け、本人もかねてから希望していた古巣帰還が実現したのだった。

 だが、欧州での苦い経験を繰り返すかのごとく、ボカでもたび重なるケガに悩まされる。13年10月、復帰後初となる記念すべきスーペルクラシコ(対リーベルプレート戦)で右大腿直筋の肉離れを起こし途中交代。3週間後にピッチに姿を現すも、翌週の練習で今度は右大腿二頭筋に痛みを感じて療養を余儀なくされてしまう。さらに、14年4月には左膝靭帯を損傷。一時はW杯出場に黄信号が灯った。

 しかし順調に回復し、「彼こそメッシが代表で必要としていたパサー」という高評価を受けW杯に参戦、05年のU-20W杯をともに制した仲間たちとともに決勝まで勝ち進んだ。

 だが、その後も負傷は続いた。同年11月のスーペルクラシコで右大内転筋を痛め、15年3月には右大腿筋を損傷。9月にはまたしてもスーペルクラシコで、今度は左アキレス腱断裂の重傷を負ってしまう。この頃には国内で「『ガゴ』は『負傷』の類義語」とまで言われ、11月にリーグとコパ・アルヘンティーナの2冠を達成した時にはチームメイトをピッチの外から祝福するほかなかった。

 不運はこれで終わらない。半年に及ぶ休養を経て昨年5月にようやくピッチへと戻ったガゴを待っていたのは、奇しくもスーペルクラシコで再び左足のアキレス腱を断裂するという悪夢のような事態だった。


■プロテニス選手だった妻の支え


 あまりの非情さに、スポーツ心理の専門家たちはガゴの精神的なダメージを懸念した。そんな辛い日々を彼が乗り越えられた背景にあったのが、元プロテニス選手の妻ジセラ・ドゥルコのサポート。国際舞台で活躍した経験を持つアスリートとして、負傷中の苛立ちや焦りを誰よりも理解できる彼女の存在はガゴにとって非常に心強く、2度目のアキレス腱手術後、ジセラはSNS上で「愛はすべてを癒すのよ。ここから一緒に立ち上がりましょう。私も子どもたちもあなたを愛しているわ。いつまでも守ってあげる」という、温かく力強いメッセージを公表した。

 頼もしい妻と2人の子ども(13年生まれの長男マテオと15年生まれの長女アントネーラ)に励まされ、昨年11月の親善試合でトップチームに完全復帰した際には「この試合は僕にとっての『決勝戦』だった。今の自分がどのレベルにあるか、今一度知る必要があった。体調はとても良かったし、左足もまったく問題なく使うことができた。キャリアの中で最も重要な瞬間の一つだったよ」と喜びを口にしていたガゴは、3月に20年6月まで契約を更新。

 ボカ復帰後にともにプレーしたリケルメやテベスといった大スターたちが去った今、クラブを代表するレジェンドとしてファンから絶大な支持を集めている。



4月10日の誕生日に合わせてクラブ公式チャンネルが作成したバースデービデオ


(文/チヅル・デ・ガルシア)


■プロフィール
Fernando Gago
フェルナンド・ガゴ

(ボカジュニオール/アルゼンチン代表)
1986.4.10(31歳)
178cm / 70kg MF ARGENTINA

2004-06 ボカジュニオール
2007-12 レアル・マドリー (ESP)
2011-12 ローマ (ITA) on loan
2012-13 バレンシア (ESP)
2013    ベレス・サルスフィル on loan
2013-  ボカジュニオール

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