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Photo: Getty Images

2017.02.05 12:50

SPECIAL

PREMIER LEAGUE

プレミア独走コンテ・チェルシーの“理由”は3バックだけにあらず

「革命」の種は開幕から蒔かれていた

 アントニオ・コンテはイングランドサッカーに慣れ、自らの哲学とプレー原則を植え付ける土壌を耕すために、開幕から1カ月半の時を費やした。そして、アーセナルに3-0で完敗を喫した(9月24日/第6節)後、チームを変える決断を下した。当初の構想より時期が早まったのかもしれないが、収穫した果実が十分に熟していたことに変わりはなかった。その後5試合の歩みは文句の付けようがないものだった。5連勝で16得点(1試合平均3得点を上回る)、そして失点はゼロ。きっかけとなった[3-4-3]へのシステム変更は、何よりもまずシンボリックな意味合いを持っていた。過去と現在を繋げる橋を落とし、新たな「コンテの時代」の全面的な始まりを告げるものだったからだ。

 いずれにしても、チェルシーの絶好調をシステム変更だけに帰するのは表面的に過ぎるだろう。新しいシステムがブルーズのサッカーの質を向上させたのは確かだが、基本となるプレー原則は開幕当初から変わっておらず、システム変更に伴って定型化されたいくつかの戦術的ディテールも、すでに最初の6試合で試されてきたものだからだ。


革命の前兆
Prodromi della rivoluzione


 例えば5バックの守備は、エミレーツ・スタジアムでの悲惨なアーセナル戦でも見ることができた。ウィリアンが右サイドに下がり、それに合わせてイバノビッチが右CBの位置にスライド、アスピリクエタが左サイドに大きく開く形だ。その狙いは、アザールがベジェリンに押し下げられ過ぎないようにすることにあったが、結果的にはうまく機能しなかった。ウォルコットが決めた2点目の場面は、コンテのゲームプランの失敗を象徴するもの。チェルシーは5バックの最終ラインを敷いたが、受動的に過ぎただけでなくラインとしての統制も取れていなかった。中央に走り込むウォルコットに引っ張られたアスピリクエタがベジェリンをフリーにし、それをアザールが捕まえなかったため、イウォビからのパスをフリーな状態で受けたベジェリンはウォルコットが楽々決められる質の高いアシストを余裕で折り返すことができた。

 ビルドアップ時に3バックになる形はコンテ・サッカーの鍵の一つだ。これも[4-3-3]で戦っていた当時から、ワイドに開いたテリーとケイヒルの間にカンテが落ちて、相手のプレスを外すためのパス回しをサポートするというやり方で導入済みだった。これに伴ってイバノビッチとアスピリクエタがライン際でポジションを上げて組み立てに幅と奥行きをもたらし、ウイングのアザールとオスカルは中央に絞って、同時にインサイドMFが中盤センターに並んで最終ラインをプロテクトする。


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カンテがテリーとケイヒルの間に落ち、外では[3-4-3]に典型的なサイドのチェーン
(サイドCB、SB、インサイドMF、ウイングが構成する縦長のひし形)が形成される

 カンテが2CBの間に落ちない時にも、ビルドアップの基準点は同じだった。チェルシーはサイドのチェーンを使ってボールを前に運ぶ。逆サイドに大きく開いて攻撃の幅を確保する仕事はSBかウイングのどちらかが担う形だった。中央のゾーンは積極的には活用されず、もっぱらボールを深いゾーンに運ぶためのサイドチェンジの中継点として使われた。

 つまるところ、スタートポジションとしてのシステムこそ異なっているものの、ピッチ上の動的な布陣と基本的なプレー原則は、その後[3-4-3]で定型化されるそれと大きな違いはなかったということだ。

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