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今も昔も…往々にして惨めな監督たちの最後

2014.02.01

書籍化記念 ヘンリー・ウィンターの蔵出しコラム(2)

英国の高級紙『デイリー・テレグラフ』の花形記者ヘンリー・ウィンター氏が、イングランドサッカー界の日常と激戦の記憶をたどる本誌の人気コラム「A Moment in Time あの日のオールドシアター」が、2007年12月の連載スタートから6年、『フットボールのない週末なんて』として一冊の本になりました。

発売に合わせ、惜しくも書籍に収録できなかった過去の本誌掲載コラムを5回にわたってお届けします。最終回は、今季のCLプレミア勢への期待もこめて、9年前の“奇跡”を振り返った「2009年5月27日発売号」掲載分を。

こうして彼らは、“犠牲者”リストに加わった

 イングランドのサッカー界は、いつの時代も「狂気の世界」と言われてきた。だがチームの監督が、サウナ室の木炭に撒かれる水のごとく、瞬時にして消え去ってしまった07-08シーズンのプレミアリーグは、この国の基準に照らし合わせても「異常」と言うしかない。

ニューカッスルの冷酷非情な習性

 2007年9月、チェルシーのジョゼ・モウリーニョに始まったクラブ経営陣による“監督狩り”は、2007年中だけで7人の犠牲者を出し、2008年早々にはニューカッスルのサム・アラーダイスが、開幕前に3年契約を結んでから8カ月足らずで犠牲者リストに加わった。

 80年以上もリーグ優勝から遠ざかり「眠れる巨人」と言われる古豪ニューカッスルには、昔から理不尽かつ冷酷非情に監督のクビを切る習性がある。1998年には、現役時代には「天才」と評され、監督としてもリバプールに栄光をもたらしたケニー・ダルグリッシュが、開幕直後の2試合に引き分けて裁きを受けた。その6年後には、イングランドが誇る名将の一人であるサー・ボビー・ロブソンも、やはり開幕直後の8月中に解雇の憂き目に会っている。

 ロブソンと言えば、イングランド代表を90年のイタリアW杯で準決勝に導いた功労者であるばかりか、若手の教育・育成にも熱心で、サッカー界の人格者として知られる人物だ。当時、経営陣が問題視していたチーム内の不況和音は、クレイグ・ベラミーら一匹狼的な選手に起因するものであって監督の指導法とは無関係だった。またロブソンは、クラブの将来を考慮して練習施設とアカデミーへの投資を進言していたのだが、経営陣はチケット収入増に直結するスタジアム拡張工事にしか予算を割こうとしなかった。ロブソンに対するニューカッスルの非礼な行為を目の当たりにした国民は、羞恥と怒りの念にかられずにはいられなかった。

ライバルで代表で、惨憺たる終末劇

 だが、今も昔も監督の不遇は、ニューカッスルに限ったことではない。地元ライバルのサンダーランドでは、80~90年代にかけて6度の監督交代を見た。被害者の極めつけは、91年末に解雇されたデニス・スミスだろう。

 スミスはある国内紙向けに、サンダーランドでの充実ぶりを自慢げに語っていたが、クラブから「御役御免」を言い渡されたのはあろうことか、そのインタビュー記事を掲載した号が印刷機にかけられている最中だった。初刷への修整は間に合わず、読者の目から見れば「順風満帆」を強調していたはずのスミスが、同日の夕刊紙では「無念」を口にするという、何とも滑稽な幕切れとなった。

 イングランド代表監督も例外ではない。元監督スティーブ・マクラーレンが、EURO2008予選敗退が決まった翌日に解雇されたことはまだ記憶に新しいが、中にはクビを切られる前に自ら代表と縁を切る者もいた。ケビン・キーガンがその一例だ。

 キーガンは2000年10月7日、旧ウェンブリースタジアムでの最終戦となったドイツとのW杯予選に敗れた直後、控え室のトイレで辞任の意を周囲に告げた。以降、後任監督の去就問題が取り沙汰されるたびに、国内のマスコミでは「焦る必要はない」と言う代わりに、「トイレで用を足しながら決断する必要はない」という表現が用いられるようになっている。

 キーガンの先代にあたるグレン・ホドルは、ピッチ上での成績以外の理由で代表の職を追われた例だ。祈祷師をスタッフに採用するなど精神世界に傾倒していたホドルは、国内紙向けのインタビューで身体障害者と前世での行いを関連づける発言を行ったことが致命傷となった。辞任の意思がないことを明らかにするとともに、自身が障害者団体への慈善活動を行っている旨もアピールしたが、この差別的言説が許されるはずはなかった。ホドルの発言には政府関係者からも非難の声が挙がり、ほどなくしてFAが鉈を振るっている。退任会見場には、障害児を子供に持つ男性が乱入して罵声を浴びせるなど、惨憺たる有様だった。

「48時間」の辛抱?

 クラブであれ代表であれ、監督の最期は往々にして惨めなものだ。各紙のカメラマンが使うトリックが、そのイメージに拍車をかける。クラブを去る監督が「出口」と表示されたドアを潜る瞬間にシャッターを切るのが、彼らの常套手段となっている。前述のマクラーレンもそのトリックの洗礼を受けた一人だが、この前代表監督の退任会見は見るに忍びないものがあった。「どうしてこれほど(代表監督として)無能だったのか?」とやり込められるマクラーレンの姿を、後列で夫人が目撃していたのだから。

 プライドを著しく傷つけられた監督と、その苦痛をともにした家族にとっての慰めは、巨額の違約金だろうか。マクラーレンには約7億円、冒頭で触れたアラーダイスにはその倍に当たる金額が支払われる。不本意にも職を追われた監督たちの間では、「針の筵(むしろ)から極楽まで48時間」と言われるように、即座に南国のリゾート地へと旅立つのが定番となっている。傷心旅行のための時間と資金は十分という訳だ。

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Translation: Shinobu Yamanaka

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